罪悪感や恐怖、恥などの感情は免疫系の効果を妨げる

研究者たちは、幸せと身体の健康との関係を理解するために研究を続けています。その中でも伸びている研究分野が、精神神経免疫学(psychoneuroimmunology=PNI)で、人の思考や感情(サイコ)、脳の活動(ニューロ)、そして免疫システムとの関連に焦点をあてています(※12)

過去50年以上にわたって、この興味深い研究分野では、心と身体が密接に関連し合っていることを実証してきました。

瞑想めいそうやマインドフルネス、認知行動療法など、精神神経免疫学に基づいた介入によって、がんやHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の炎症マーカー、およびうつ病や不安、そのほかの症状の軽減につながったことがわかりました(※13)

たとえば、小児白血病患者を対象とした最近の研究では、精神神経免疫学の介入(免疫細胞ががん細胞を除去することを想像する練習を子どもたちに指導すること)により、子どもたちの複数の免疫マーカーが増加し、同時に生活の質が改善し、発熱時間が短縮し、投薬の使用量を減らすことが判明(※14)。おまけに、この精神神経免疫学の介入により病院経費も削減されました。

科学者たちは細胞レベルで、ポジティブな感情がどのようにがん細胞を体外に排出するのかを正確に解明しつつあります。期待されているある研究では、がんを患ったマウスに「幸せホルモン」を注射したところ、がん腫瘍が著しく縮小したことが報告されています(※15)

さまざまな治療法によって末期がん患者の寿命を延ばすことで知られるドイツの統合腫瘍医ヘニング・ザウペ博士は、精神神経免疫学の力、とくにポジティブな感情に関する力を理解しています。

「気持ちや感情は、分子レベルで私たちの免疫系と相互につながっています。コインの表と裏のようなもので、切り離すことはできません。精神神経免疫学の介入の研究により、私たちの脳は、私たちが経験するあらゆる感情や感覚と並行して、免疫活性伝達物質を生成していることが明らかになりました。そのため、罪悪感や恐怖、恥などの感情は免疫系の効果を妨げてしまいます。逆に愛や許し、感謝といった感情は私たちの免疫系に力を与え、治癒の機会をサポートします」

「幸せホルモン」ががん細胞を除去する

もう一つの興味深い研究分野は、オキシトシンです。かつては、幸せとは生まれつきの「陽気な」性格や経済的な余裕、強力な社会的ネットワーク、高等教育へのアクセスといった「いい人生」を送った結果であると信じられてきました。

しかし、最近の研究では、幸福は実際には複数の内的、外的要因の結果であることが判明しています。幸福感を左右する最も重要な生物学的要因の一つは、おそらく最も有名な「幸せホルモン」であるオキシトシンの体内調節です。

近年、ニューヨーク市立大学ハンター校の研究者たちが、最新の研究を再検討したところ、オキシトシンが乳がんと卵巣がんの増殖や転移を遅らせることを発見しました(※16)

さらに、オキシトシンはオートファジー(がん細胞死)を増加させることで、がんを引き起こすコルチゾール(代表的なストレスホルモン)の作用を逆転させることを示す研究もあります(※17)。過剰になると免疫システムに害をおよぼし、がんの回復を妨げるコルチゾールを減少させるためには、オキシトシンの値を上げる必要があります。

うれしいことに、オキシトシンを増やすのは比較的簡単です。オキシトシンはポジティブな感情を抱いたときにはいつでも、自動的かつ瞬時に増加します(※18)。私たちがより社交的で信頼できるようにしてくれ、恐怖や不安、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、ストレスを軽減してくれます(※19)

オキシトシンは、じつにさまざまなレベルで癒やしをもたらすホルモンなのです。

オキシトシンの増加をもたらす具体的なものの一つが、笑いです。興味深いことに、笑いは本物である必要はなく、偽物でもかまいません。

笑いが最高の自然薬であることは、科学的に証明され続けています。ノーマン・カズンズは1979年、『笑いと治癒力』を出版し、医学界に衝撃を与えました。この本は、命を脅かす自己免疫疾患を笑いと大量のビタミンCで治療し、寛解に至った自身の体験談を概説したものです。

笑いに関する最近の研究では、患者が1時間のお笑い動画を観るとコルチゾールの値が低下し、がん細胞への攻撃を助けるナチュラルキラー細胞の活動が上昇。痛みへの耐性が高まり、不安やストレスレベルが低下し、血圧が改善することがわかっています(※20)

ケリー・ターナー『がんが自然に治る10の習慣』(プレジデント社)
ケリー・ターナー『がんが自然に治る10の習慣』(プレジデント社)

この研究では、ポジティブな感情の増加ががん細胞を殺すのか、それともがん細胞をもとの健康な細胞に回復させて、本来の寿命で死滅するのかは明らかになっていません。しかし、はっきりしているのは、ポジティブな感情が高まると免疫システムが大幅に強化され、その結果、身体ががん細胞を除去するのを助けることです。

本稿のメッセージは、身体の健康と治癒には喜びが不可欠だということです。つねにストレスにさらされていると、身体は自然には治りません。しかし、運動やビタミンの摂取と同じように、日々幸せを最優先にすることは、治癒の旅に大きな役割を果たすでしょう。たとえ1日5分でも、毎日の喜びは薬と同じくらい重要です。

※1.U.S. Department of Health and Human Services, Centers for Disease Prevention and Control. “Suicide rates rising across the U.S.” Last modified June 7, 2018. 

※2.World Health Organization. “Depression: Key Facts.” Last modified March 22, 2018. 

※3.Zaorsky, N. G., et al. “Suicide among cancer patients.” Nature Communications. 10 (2019): 207. doi: 10.1038/s41467-018-08170-1.

※4.Salimpoor, V. N., et al. “Anatomically Distinct Dopamine Release During Anticipation and Experience of Peak Emotion to Music,” Nature Neuroscience.14, no. 2 (February 2011): 257–62. doi: 10.1038/nn.2726; Burgdorf, J., and J. Pankseep. “The Neurobiology of Positive Emotions,” Neuroscience and Biobehavioral Reviews. 30, no. 2 (2006): 173–87. doi: 10.1016/j.neubiorev.2005.06.001; Benarroch, E. E., “Oxytocin and Vaspressin: Social Neuropeptides with Complex Neuromodulatory Functions,” Neurology. 80, no. 16 (April 16, 2013): 1521–28. doi:10.1212/WNL.0b013e31828cfb15.

※5.Sarkar, D. K., et al. “Regulation of cancer progression by β-endorphin neuron.” Cancer Research. 72, no. 4 (February 15, 2012): 836–40. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-11-3292.

※6.Zaninotto, P., et al. “Sustained enjoyment of life and mortality at older ages: analysis of the English Longitudinal Study of Ageing.” BMJ. 355, no. 8086 (2016): i6267. doi: 10.1136/bmj.i6267.

※7.Helliwell, J., et al., eds. World Happiness Report 2019. New York: United Nations Sustainable Development Solutions Network, 2019. Central Intelligence Agency. “Country Comparison: Life Expectancy at Birth (2017).” The World Fact Book.

※8.Cunha, L. F., et al. “Positive Psychology and Gratitude Interventions: A Randomized Clinical Trial.” Frontiers in Psychology. 10 (March 21, 2019): 584. doi:10.3389/fpsyg.2019.00584.

※9.Emmons, R. A., and M. E. McCullough. “Counting blessings versus burdens: An experimental investigation of gratitude and subjective well-being in daily life.” Journal of Personality and Social Psychology. 84, no. 2 (2003): 377-389. doi:10.1037//0022-3514.84.2.377.

※10.Algoe, S. B., et al. “Beyond reciprocity: gratitude and relationships in everyday life.” Emotion. 8, no. 3 (June 2008): 425–429. doi: 10.1037/1528-3542.8.3.425; Emmons, R. A., and M. E. McCullough. See note 11 above; Wood, A. M., et al. “Gratitude influences sleep through the mechanism of pre-sleep cognitions.” Journal of Psychosomatic Research. 66, no. 1 (January 2009): 43–8. doi: 10.1016/j.jpsychores.2008.09.002.

※11.Hill, P. L., et al. “Examining the Pathways between Gratitude and Self-Rated Physical Health across Adulthood.” Personality and Individual Differences. 54, no. 1 (January 2013): 92–96. doi: 10.1016/j.paid.2012.08.011.

※12.Tausk, F., et al. “Psychoneuroimmunology.” Dermatologic Therapy. 21, no. 1 (January–February 2008): 22–31. doi: 10.1111/j.1529-8019.2008.00166.x.

※13.Moraes, L. J., et al. “A systematic review of psychoneuroimmunology-based interventions.” Psychology, Health & Medicine. 23, no. 6 (July 2018): 635–652. doi:10.1080/13548506.2017.1417607.

※14.Chacin-Fernandez, J., et al. “Psychological intervention based on psychoneuroimmunology improves clinical evolution, quality of life, and immunity of children with leukemia: A preliminary study.” Health Psychology Open. 6, no. 1 (April 1, 2019). doi: 10.1177/2055102919838902.

※15.Ben-Shaanan, T. L., et al. “Modulation of Anti-Tumor Immunity by the Brain’s Reward System.” Nature Communications. 9, no. 1 (July 13, 2018): 2723. doi:10.1038/s41467-018-05283-5.

※16.Lerman, B., et al. “Oxytocin and Cancer: An Emerging Link.” World Journal of Clinical Oncology. 9, no. 4 (September 14, 2018): 74–82. doi: 10.5306/wjco.v9.i5.74.

※17.Ibid.

※18.Neumann, I. D. “Oxytocin: the neuropeptide of love reveals some of its secrets.” Cell Metabolism. 5, no. 4 (April 2007): 231–3. doi: 10.1016/j.cmet.2007.03.008.

※19.Misrani A., et al. “Oxytocin system in neuropsychiatric disorders: Old concept, new insights.” Acta Physiologica Sinica. 69, no. 2 (April 25, 2017): 196–206. PMID: 28435979; Neumann, I. D., and D. A. Slattery. “Oxytocin in General Anxiety and Social Fear: A Translational Approach.” Biological Psychiatry. 79, no. 3 (February 1, 2016): 213–221. doi:10.1016/j.biopsych.2015.06.004.

※20.Louie, D., et al. “The Laughter Prescription: A Tool for Lifestyle Medicine.” American Journal of Lifestyle Medicine. 10, no. 4 (June 23, 2016): 262–267. doi:10.1177/1559827614550279.

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