「みんな、あなたの味方ですよ」――その言葉が、人を救うこともあれば、静かに暴走へ導くこともある。ネットを通じて正義と共感が瞬時に“拡散”される現代で、私たちは無意識のうちに被害者であり、同時に加害者にもなってはいないだろうか。映画『#拡散』は成田凌さんが演じる主人公・浅岡信治の生きざまを通して「いちばん怖いのは悪意ではなく、無意識である」と感じさせてくれる映画だ。(取材・文=安田ナナ)
成田凌×沢尻エリカインタビュー 映画『#拡散』
撮影=小禄慎一郎

虚実あふれる情報にどう向き合っていくべきか

「なぜ妻は死んだのか?」はじまりは小さな疑問からはじまった。それがいつしか周りの人の声やあふれる情報によって男の主張が正当性を帯びていく。些細な違和感からはじまった男の感情が、やがて自分でも抑えることができない「攻撃衝動」に変わっていく――。

2026年2月27日(金)公開の映画『#拡散』は、真偽の不確かな情報で溢れる現代に一石を投じる作品だ。観終わったあとは、結局、何を疑い、何を信じるかは自らの経験と見識を高めていくことで対応するしかないことを強く考えさせてくれる。

成田凌さんが演じる主人公・浅岡信治は、ワクチンを接種した次の日に妻の明希を亡くしてしまう。喪失感の中、「なぜ妻は死んだのか?」という疑念を抱くようになる。そこから死亡原因はワクチンにあると考え、妻の遺影を抱えてワクチンを接種した医院の前で無言の抗議をはじめた。そんな信治の異様な姿を目にし、「泣ける記事になる」と確信したのは、地方紙の記者、福島美波。信治のことを記事にすると、たちまちその記事は拡散され、あっという間に信治は世間の注目を集めるようになる。開設したばかりのSNSもすぐにフォロワー数が万超えし、信治の存在が“反ワクチンの象徴”として世間に認知されていってしまう。制御不能な状況に陥った信治が「拡散」の末に得たものとは……。

「みんなあなたの味方ですよ」という甘い罠

人は誰でも承認欲求を持っている。最初は「ちょっとした告発」や「勇気ある行動」だったはずが、周囲に持ち上げられることで引き返せなくなることは得てしてある。

成田さんが演じた信治がまさにそのもの。自分や周りの人の欲によって主人公が変貌していく過程を成田さんは見事に演じ切っている。

信治の欲によって実像以上の「自分」が形作られていく姿はどこか滑稽でありながら、誰もが陥る可能性のある落とし穴だ。

これは映画の中だけの話ではない。ビジネスの現場でも、周囲の「期待」や「同調」によって、自分の実力や立場を勘違いし、怪物化してしまうリーダーや社員の姿と重なりはしないだろうか。最初は「ちょっとした告発」や「勇気ある行動」だったはずが、周囲に持ち上げられることで引き返せなくなることもある。

たとえば、会社や組織の中で発した小さな告発が周囲から「もっと声を上げた方がいい」「みんなあなたの味方だから大丈夫」と持ち上げられる。すると、承認欲求が刺激され、「自分は正しいことをしている」「みんなが期待している」という感覚が生まれ、歯止めがかからなくなる。しかし、「正義」ほど、取り扱いの難しいものはない。なぜなら正義は人それぞれ感じ方が違うからだ。自分が抱いている「正義」と、机を並べている同僚や先輩の「正義」はまた違う。

まさに映画『#拡散』では、誰もが持っている「正義」をテーマに人と人の感情が衝突していく。

また、「#拡散希望」「#拡散願います」という言葉の存在も人を惑わせる。SNSの“リツイート”という機能が備わってから活発に使われるようになったが、拡散された情報によって救われる場合もあるが、そうでない場合もある。

暗い部屋でSNSを投稿し、「いいね」をたくさんもらっている人
写真=iStock.com/Urupong
※写真はイメージです

今回の作品で最初に情報を発信した福島美波を演じたのは沢尻エリカさん。美波の記事が発端となり、拡散が広がっていく。

田舎の人間からすると都会から来た“訳アリ”な女性として扱われていたかもしれない美波。何をするかわからないという危うさはあるものの、沢尻さんが演じる美波からは芯の強さと、凛とした美しさを感じた。