研究チームは実験で、もう一つ重要な点を指摘している。それは、ガスコンロから発生するベンゼンは、台所の換気扇やレンジフードでは除去しきれない場合があることだ。また、窓を開けずに室内のドアだけを開放した場合、かえって有害物質がほかの部屋に拡散する結果になった。
実験では、75~140平米の6軒で、室内のドアを開放し、オーブン(約250度)を1時間半使用。調理から6.5時間後までのベンゼン濃度の変化を調べた。すると、ベンゼンが家庭内に滞留し、「コンロを止めた後も数時間にわたり、寝室のベンゼン濃度が長期的な健康基準値を上回るケースがあった」という。
台所から寝室にまで拡散する
キッチンから最も離れた寝室で測定したが、6軒すべての寝室において、ピーク値が平常時の5~70倍に達する結果となった。ある家庭では寝室のベンゼン濃度がピーク時に8.9ppbvとなり、OEHHAによる急性暴露基準値の8ppbvを20分間にわたり上回っている。
研究チームのロバート・ジャクソン博士は、調査に同行したニューヨーク・タイムズ紙に、こう語っている。「私が最も驚いているのは、汚染物質の濃度がいかに高いかという点に加え、いかに速く家中に拡散するかということです」。とくに都市部のマンションの間取りでは寝室がキッチンから近いことが多く、郊外よりも影響が大きいという。
論文の筆頭著者であるスタンフォード大学のヤナイ・キャシュタン博士(地球システム科学)は、米科学雑誌の『サイエンティフィック・アメリカン』に対し、実験中の家庭では高いベンゼン濃度が記録されたと語っている。カリフォルニア州などの石油精製所の敷地境界線でこれまでに観測された最大値を超える例も頻繁に見られたという。
ニューヨーク市などでは新設を禁止
もっとも、安全基準を上回る環境に一時的に滞在しただけでは、直ちに健康被害が及ぶものではない。しかしアメリカの一部の地方政府は、健康への影響を重く受け止め、ガスコンロを規制する動きに出ている。
ニューヨーク市は今後、ほぼすべての新築ビルで天然ガスの使用を禁止する。2027年以降に許可を出す建築計画に適用し、暖房や調理を含めたガスと石油の使用を禁じ、電気など他のエネルギーを使うことが義務づけられる。
カリフォルニア州の規制当局は、段階的にガスコンロを禁止するよう模索している。すでに州内の一部の都市では新築住宅への設置が禁じられているほか、IH調理器の導入が進むように奨励金を出している都市もある。
サイエンティフィック・アメリカン誌によると、論文の責任著者であるスタンフォード大学のロバート・ジャクソン教授(地球システム科学)は、「車の排気管のすぐそばに立って、わざわざ汚染物質を吸い込むような人はいないことでしょう」と例えている。
「ですが私たちはコンロのすぐそばに立ち、排出される汚染物質を吸っているのです」と教授は強調する。