国内で麻疹(はしか)の感染事例が複数報告されている。東京慈恵会医科大学葛飾医療センターの小児科医堀向健太さんは「麻疹は決して軽くない感染症だ。予防接種のない時代には、世界で年間200万人が亡くなっていた。今、23歳以上の人は予防接種を検討してほしい」という――。
100人に5人が肺炎、1000人に1人が脳炎を起こす
麻疹は、現在の先進国でも肺炎は100人に5人、脳炎が1000人に1人に起こり、後遺症も起こしやすい感染症です[1][2]。
日本は、2015年に麻疹の排除状態にあることが世界保健機関から認定されていますが[3]、最近、麻疹が再度流行するのではないかという懸念が高まっています[4]。
なぜ「麻疹の排除状態」にある日本で、麻疹が再度流行するリスクが高まっているのでしょうか。麻疹との長い戦いの歴史を、読者の皆さんと振り返って考えてみたいと思います。
昔から「命定め」として恐れられていた
麻疹に関する文献は欽明天皇(539年~571年)の時代から見つかっているそうです[5]。そして日本でも、戦前には1年間に1万人の子供が亡くなっていました。あまりに多くの子供がなくなっていたため、「麻疹は命定め」などと言われていました[6]。
そして世界でも同様に、麻疹は恐れられていました。
10世紀に、ペルシャの医師アル・ラジは、麻疹に関する最初の記述をしており「天然痘よりも恐ろしい病気」と表現しています[7]。
そして1846年、デンマークの医師ピーター・ルートヴィヒ・パヌムはフェロー諸島の麻疹流行の惨状を報告しました。1846年4月から半年間の流行で、フェロー諸島の人口のほぼ80%が麻疹に感染し、死亡率は2.8%にのぼりました。麻疹の潜伏期間が14日間ほどであることもパヌム医師の検討で明らかとなった事柄です[8]。