どうして、鹿嶋市の患者さんは、認知症の進行が遅いのか。杉並区の患者さんの行動と大きな違いを見つけたのです。

杉並区は都心にありますから、患者さんが認知症と診断されると、ご家族が「車の往来が多いから、外に出ると危ない」「ご近所に迷惑がかかるといけないから」と、家に閉じ込めてしまう傾向がありました。

ところが、鹿嶋市の患者さんたちは、認知症と診断されても、変わらぬ生活を続けていました。

都心の歩道通りを歩くシニア観光客
写真=iStock.com/krblokhin
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自由に外出して、戻る家がわからなくなっても、近所の人が家まで連れてきてくれます。ご自身は体が動くので、農業や漁業の仕事も続けられている。認知症になっても、体が覚えていれば仕事はできるわけです。

働いていれば、頭も体も使うことになります。生活も今までどおりで、なんの制約もいりません。これが認知症の進行を遅らせる理由だと私は考えています。

脳が縮んでも発症しない人の共通点

もうひとつ、例をご紹介しましょう。

日本では2004年、『100歳の美しい脳 アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち』(デヴィッド・スノウドン著、藤井留美訳、DHC)として紹介されたアメリカの研究報告です。

医師のスノウドン博士は、修道女678人を対象に老化を多角的に調査しました。75歳以上のシスターを対象に、定期的に身体能力と精神能力の詳しい検査を行い、死亡時には解剖して脳の状態を記録しました。

その結果は、意外なものでした。脳が萎縮し、アルツハイマー型認知症と診断されてもおかしくない状態なのに、亡くなるまでまったく症状が出なかった人が8%いたのです。

その8%の人には、ある共通点がありました。そのなかの一人、シスター・メアリーの生活を検証しています。

規則正しい生活、人とのかかわり

シスター・メアリーは、中学校を卒業して修道院へ入り、84歳まで数学の教師を務めた後は、精力的にボランティア活動をし、101歳で亡くなりました。

死後、解剖した結果、彼女の脳は7割(870グラム)まで萎縮していました(成人女性の脳の重さは1100~1400グラム)。しかし、亡くなるまで彼女の認知機能は正常でした。報告書では、毎日、規則正しい生活を送りながら、奉仕活動などを通じて人とのかかわりをもち続けていたことが、発症しなかった理由だとしています。

認知症は老化現象ですから、脳が萎縮していくことは避けられません。しかし、脳が萎縮することと、認知症になるということは、必ずしもイコールでないということです。

脳は未開拓の臓器です。まだ解明されていないことが多い。じつは10%程度しか使われていないと唱える人もいます。とりわけ前頭葉の使用は、ごくわずかです。全体が縮んだとしても、使う余地はふんだんに残されているのです。

認知症になっても進行はゆっくりです。頭も体も使う生活を続けていけば、いつかは症状が出るにしても、先延ばしできる。鹿嶋市のおトシヨリたちや、シスター・メアリーが教えてくれているのです。