小雪のCMもヒット市場が動き始めた!

伝統から離れるスタイルゆえに、社内でも批判は強かった。「ウイスキーはわかる人だけにわかってもらえればいいじゃないか」という強硬な意見もあった。

「我々の世代の、ウイスキーが絶好調だった時代を知っている人間にしてみれば、ウイスキーをジョッキに入れるだの、レモンを搾るだの、そこまでして売らんでもいい! という気持ちもありました。ウイスキーのよさってなんなんだと、いろいろ葛藤がありましたよ。でも若い社員たちがつくってきたものを飲んでみたら、これが悪くなかった。よく考えてあった。これならやる価値がある、失うものはないんだからと、最後は社風である『やってみなはれ』の精神で進んだのです」(相場康則サントリー酒類社長)

サントリー酒類社長
相場康則

09年春の就任以来、ハイボールが業績を支える。

田中さんがプロジェクトの成功を予感したのは、発表直前に全国の営業マンが結集する会議の席上で、角ハイボールのお披露目をしたときだという。

「それまで業務用の営業マンは、売れないウイスキーにはなかなかいい顔をしなかったんです。それが、彼らのほうから『これなら絶対メニューに載せてもらえる!』といってくれた。このジョッキのスタイルなら絶対イケると。そのときの熱気には特別な手ごたえがありました。やっぱりサントリーの人間はウイスキーに特別な思いがある、ウイスキーなら全社一丸になれる、という感覚でした」

その結果、08年秋のリリース開始時点で、黄色い「ハイボール始めました」のノボリを立てた取扱店は1万5000軒にもなった。テレビCMには人気女優の小雪を起用し、新しくオシャレなイメージを売り込んだ。人気ブロガーに向けてハイボールのつくり方を指導するセミナーを開き、ネットを通じて口コミを広げた。そんな仕掛けが功を奏し、ブームは一気に過熱する。わずか半年で取扱店は4万軒以上増え、2年後の今では9万3000軒を超えた。

都内にあるショットバーのマスター森村和弘さんは、

「角ハイボールの前には、サントリーさんからやや高級な『山崎』でつくるハイボールの提案があったんですよ。山崎と同じ天然水でつくった『プレミアムソーダ』を使うんですが、それだと一杯1000円以上じゃないとお客さんに提供できない。当時はまったく流行らなかった(笑)。でも『角瓶』が人気で品薄になっている今なら、山崎の高級路線もいけるかもしれません。ウイスキーを飲む人自体が増えてきてますから」

ビールに比べて酒税の安いウイスキーを扱うために、提供する小売店の利益率も高くなる。割り材であるソーダ市場も上向いたほか、缶入り酒類の分野でも「角ハイボール缶」はヒット商品となり、キリンをはじめとする同業他社が「世界のハイボール」などの商品で追随。伝統を見直すアイデアによって、ハイボール市場が大きく動き始めた。

※すべて雑誌掲載当時

(小原孝博、小倉和徳=撮影)