「EVでは、電池がクルマの価値を決める」

世界的な半導体不足で自動車メーカー各社は工場停止、減産を余儀なくされた。その結果、自動車メーカーは半導体メーカーに対しこれまでしてこなかった特別対応を迫られた。

従来、自動車用の半導体調達は、「ティア1」と呼ばれる自動車メーカーに直接納品する1次サプライヤーが行ってきた。そのために、自動車メーカーは半導体の生産からサプライチェーンに至る詳細を理解せず、半導体事業のリスクを共有する姿勢はなかった。

しかし、半導体不足は状況を一転させた。半導体製造の世界最大手である台湾積体電路製造(TSMC)のCEO魏哲家は「半導体不足が深刻化するまで自動車業界の幹部から電話をもらったことは一度もない」と最近のイベントで語っていた。ところが、半導体不足が深刻化すると「まるで親友のように電話がかかってくるようになった」と皮肉った。自動車メーカーは、“半導体”をティア1の陰に隠れた部品のひとつとしか見てこなかったということだ。

2022年8月18日、中国南京市で行われた世界半導体会議2022のTSMCブース
写真=CFoto/時事通信フォト
2022年8月18日、中国南京市で行われた世界半導体会議2022のTSMCブース

半導体の重要性を痛感した自動車メーカーはこれまでの姿勢を改め、慌てて半導体メーカーと直接交渉をするようになったと聞く。

だが、EVでのバッテリーは半導体より桁違いに重要な部品となる。

EVのコストも性能も、バッテリーが決めると言って良いだろう。EVシフトを加速するフォルクスワーゲンの前CEOであるヘルベルト・ディースが電池工場「SalzGiga(ザルツギガ)」の起工式で「EVでは、電池がクルマの価値を決める」と語った言葉が象徴している。

いまの状況は、PCメーカーとマイクロソフトの関係に似ている

自動車メーカーは長年にわたって自動車産業の頂点に君臨してきたが、EV時代にはその王座がバッテリーメーカーに取って代わられるかもしれない。それはまるでPC時代の覇権争いとダブって見える。

PC時代において、黎明れいめい期ではPCメーカーが主役だったが、一般に普及していくに従ってコモディティ化し、主役の座から転げ落ちた。そして、OSを握ったマイクロソフトと、CPUを牛耳ったインテルが主役の座を射止め、大儲けをした。EV時代が本格化すれば、クルマはコモディティ化し、自動車メーカーはかつてのPCメーカーと同じように主役の座から転落する可能性は大いにある。

トヨタがバッテリーメーカーに頭を下げて取引を乞う日が来るかもしれない。その時、ピラミッド型だった日本の自動車産業が根底から覆る。そうならないために、世界の自動車メーカーはスピーディーでスケールの大きいバッテリー戦略で主導権を奪われないよにとしている。

慎重な経営姿勢で「石橋を叩いても渡らない」と揶揄やゆされたことのあるトヨタだったが、石橋どころか、いまにも壊れそうなボロ橋でも、「橋があるなら、猛スピードで駆け抜けてしまう」ような姿勢がグローバルなEV戦国時代には必要なのだ。

そして、それはトヨタや日本の自動車メーカーだけでなく、「失われた30年」で企業の内部留保を貯めることしか能のなかった多くの日本企業に共通する宿題でもある。