「ストーリー」こそ人に伝わる

セブン&アイグループの店舗へ来店する顧客数は国内だけで1日1500万人、世界全体では3600万人に達するという。

鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO。1932年、長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)入社。63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設して日本一の小売業に育てる。2005年セブン&アイ・ホールディングスを設立する。

しかし、他の流通業が掲げるような「お客さま第一主義」とか「顧客満足度経営」といった、ありがちな標語はどこを探しても見つからない。その理由を鈴木敏文氏はこう話す。

「標語を掲げるのは簡単です。ただ、標語を掲げることが目的で、あとは勝手に理解しなさいといった感じがあります。重要なのは標語の本当の意味を理解させ、納得させるための言い換えができるかどうかです。“顧客第一主義とは顧客満足の最大化を目指すことだ”というかもしれません。しかし、それも標語の域を出ていません。どんなに立派な標語でも並べられると、聞き手は疲れてしまいます。どの会社も同じような標語を掲げていると感じ、退屈するだけです。

私だったらこう言い換えます。顧客第一とは、“顧客のために”ではなく、“顧客の立場で”考えることだと。相手は、どこがどう違うのだろうかと、知りたい欲求がわき上がります。そこでまたこう言い換えます。

例えば、親が“子どものために”と考えるときは、自分の経験から、子どもはこうしたほうが幸せになると勝手に思い込んでいることが多い。でも、それは実は親の都合であったりする。もし、“子どもの立場で”考えたらどうなるでしょう。まったく違った光景が見えてくるはずです。

売り手と買い手との間も同じで、売り手が“顧客のために”といっているときは、勝手にそう思い込んでいることが多い。そうではなく、自分も持っている顧客としての心理を呼び覚まし、常に“顧客の立場で”考え、売り手にとって都合の悪いことでも実行するのが、本当の顧客第一主義ですと。これが相手の心に残る言い換えです」

標語を別の標語で言い換えるのではなく、一つのストーリーとして表現する。鈴木氏の場合、特徴的なのは既存の常識とは異なる構図を示して印象づけ、聞き手の関心を高めたうえで、日々の仕事にどのように結びつけていけばいいか、聞き手が納得しやすいストーリー立てをすることだ。