12カ所の通院先を抱える「薬中心の生活」

実際、典型的なベンゾ依存症患者は、ベンゾの錠剤を、それこそ「FRISK」感覚で日に数十錠も口のなかに放り込む生活を送っている。もしもこの状態にある人が自己流で断薬すれば、かなりの確率でてんかん発作のように危険な離脱が出現するはずだ。

ベッドで自分の膝を抱いて座っている女性
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だから、減薬は入院してもらい、医学的管理下で行わなければならない。具体的には、これまで服用していたベンゾと同じ量を、もっと血中半減期の長い、「切れ味の鈍い」ベンゾで置き換え、しかもすべて散剤化して、小刻みかつ慎重に減量していくことになる。

そして最後に、ほかの医療機関との調整をしなければならないことだ。典型的なベンゾ依存症患者は、平均して12カ所の通院先を持っている。週3回異なる医療機関に受診し、その都度1カ月分の処方を受け、翌週はまた異なる医療機関3カ所だ。それをひと月に4セットくりかえす。それはそれで多忙な、文字通り「薬中心の生活」といえよう。

時間も手間もかかるベンゾ依存患者の治療

入院期間中に、そのような「売人」的医療機関と縁切りをしておくことはきわめて重要だ。入院中にせっかく減薬しても、退院後に再びそうした医療機関で処方を受けてしまえば、それこそ元も子もない。

そのような事情から、患者に入手元の医療機関名を教えてもらい、患者の許可を得て、「当該患者はベンゾ依存症で現在治療中です。今後は受診しても絶対にベンゾを処方しないでください」と、医療機関にお願いの手紙を出すのだ。

外来で処方できる規定範囲の量まで減薬ができたら、そこでようやく治療の場を入院から通院へと移すことができる。処方は依然として散剤のままだが、通常、乳糖粉末で薬袋を膨らませ、過量摂取しにくい工夫を施し、さらにゆっくり減薬していくことになる。

このような具合に、ベンゾ依存症の治療は細々と手がかかる。ちなみに、ベンゾ依存症治療を数多く手がける知人の依存症専門医は、こうした減薬治療のことを「ベンゾ掃除」と呼んでいた。その際、彼が見せたうんざりしたような表情はいまでも記憶のなかで鮮明だ。

ベンゾ依存症患者は、2000年以降、薬物依存症臨床の場で目立ちはじめたが、この世紀の変わり目の年は、精神医学にとってさまざまな意味で分岐点であったと思う。