前歯が折れるほど殴られた高校時代

いや、大丈夫じゃない。4年になったらやられるのだ。他の保護者に「お子さん、たたかれちゃっていいんですか?」と尋ねたら、「あの子たちは全国大会に行くんだから、そのくらいしなきゃ」。何を寝ぼけたこと言ってるの? と言わんばかりに、不思議そうな顔で答えた。

2005年。当時の少年サッカーはベンチからたまに怒鳴られたりするが、少なくとも東京都の多摩地区は暴力とはほぼ無縁の世界だった。息子に「続けたい?」と尋ねたら「おれ、バスケは好きだけど……殴られたくない」と小さな声で言った。今にも泣きそうな顔は忘れられない。

そのチームは実際に全国大会に出場した。だが、息子はバスケット少年団をやめた。21.0センチのバッシュは燃やさないゴミの日に処分された。夫がひと月前に「もう少し経って内容がわかる歳になったら渡す」と言って書庫から出してきた『スラムダンク』全巻は、再び棚に戻された。

この出来事が、少年スポーツに対する問題意識の起点になった。

私は小学生時代、ミニバスケットが普及する前に行われていたポートボールに親しんだ。指導者による暴力や暴言は全くなかった。市の大会が最高峰でそれ以上のトーナメントシップがなかったからだろう。毎日の練習が楽しく、中学校でバスケット部に入るのを心待ちにしていた。

高校時代は一転、インターハイで優勝したこともあるバスケット部へ。監督の暴力は熾烈を極めた。殴られて前歯が折れたり、足の脛が左だけ平らになったりした。硬いバッシュを履いた監督の利き足が右足だったからだ。

気づけば自分が「スポーツ毒親」になっていた

親という立場になってからは、スポーツ現場の暴力は断固反対だった。子どもを萎縮させる大人に対し嫌悪感を抱いていた。それなのに、私はスポーツ毒親になった。

読んで字のごとく、スポーツをする子どもにとって毒になる親である。私は、息子が中学年くらいになるまで私は本当にうるさい親だった。試合のたびにビデオカメラ持参で駆け付け、大声で息子に指示を出しながら撮影した。ある日、撮ったビデオを見返していて自分の大声にギョッとした。

「もう、何やってんの!」「前に大きく蹴れ!」「ほら、そこでシュート!」「右に開け!」

息子は私の声など気にせずプレーしている。だから何の意味もない。単なる騒音である。そこで、本人に母の声掛けについてどう考えているか尋ねてみた。

「おれは別にいいけど、みんなが嫌かも。(チームメイトが)おまえのママ、うるさいなあって言ってた」

困ったような薄笑いを浮かべている。その遠慮がちな反応を見て、自分の行為の愚かさに気づいた。私は良かれと思ってやっていたが、大人からの指示命令はサッカーやバスケットでは「サイドコーチング」と呼ばれ、本来はやってはいけないことだ。試合のビデオを見直しては「全く走ってないね」と息子を責めたりもした。子どもが自分で考える力や主体性を育む芽を、この無知な愚母は無意識とはいえ摘み取っていたのだ。