墓はあろうがなかろうが、どうでも良い

【中村】たしかにそうやね。うちはずっと一家で大阪住まいだから、気にすることもなかったけど、地元と移住先に分かれているだけで墓の世話は大変になるね。墓にこだわらないことも、これからは必要かもしれんね。

中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)
中村恒子・奥田弘美『うまいこと老いる生き方』(すばる舎)

よし! それ息子にも言っておこう。墓はあんたの代で好きにしてええ、死んだ者にはなんの遠慮もいらへんでって。

【奥田】しょせん、葬儀やお墓は遺された者のためにあるというのが、私の考えです。精神科の世界では、家族を亡くした人に対するグリーフケア(大切な人との死別後のケア)がよく話題になりますが、お葬式やお墓のお世話というのは、その一種だったのかもしれません。

家族が亡くなったあとに慌ただしい行事を定期的に作り出すことで、家族の喪失を紛らわしつつ、癒やしていたのかなと。

【中村】たしかに、昔は四十九日だ、何回忌だと仏事がやってくることで作業や人付き合いを強制的に増やして、悲しみに沈み込むことを避けていたのかもしれん。

【奥田】ところが最近は、家のことを担っていた女性も働いていますし、地元から離れている人も多いです。昔ながらの仏事が子孫の負担になって、グリーフケアの役目を果たすのが難しくなっているのかもしれません。

【中村】なんにせよ、私が死んだあとのことは、子や孫が楽になるように、自由に取り計らってもらうのが一番やと思うね。お墓がある方が安心するんやったらこれまで通りやってくれればいいし、かえってストレスになるようなら、墓じまいしてくれたらええ。

死んでしまえば、何もかもなくなるんやから、墓があろうがなかろうが、どうでも良いことや。自分の死んだあとのことまで心配していたら、私はストレスになって仕方ないわ。

子や孫が無理をしないように言葉に残す

【奥田】生きているだけでも、色々なストレスが付いて回るのに、死んだあとのことまで心配していたら、ストレスを上乗せするようなものですよね。

宗教観は個人固有のものなので一概には言えませんが、先にいなくなる世代は少しでもあとに残る世代にとって負担がないよう、「あとはお任せ」にしておくのが一番いいですね。

【中村】そうそう。もちろん、揉めるのが目に見えているようなことは整理しておかないと本末転倒やけど、その他のことはお任せやと伝えておかないとね。そうしないと、「死んだ親父やお袋に申し訳ない」とか言って、無理する子どももおる。しっかり言葉にしておくべきやね。

【奥田】私は白洲次郎(終戦後にマッカーサーとの外交や交渉を吉田茂首相の片腕として担った)の遺言「葬式不要、戒名不要」がスマートでカッコイイとつねづね思っているのですが、さすがにもう少し具体的に話しておくべきですね(笑)。

死んだ自分のことを覚えて懐かしんでくれるのは、せいぜい後ろ2世代ぐらい。それからは、先祖の一人に過ぎない。だからこそ、末代の負担になるようなことは、できるだけ避けたいなと思います。

中村 恒子(なかむら・つねこ)
精神科医

1929年生まれ。1945年6月、終戦の2か月前に医師になるために広島県尾道市から一人で大阪へ、混乱の時代に精神科医となる。二人の子どもの子育てを並行しながら勤務医として働き、2017年7月(88歳)まで、週6日フルタイムで外来・病棟診療を続けてきた(8月から週4日のフルタイム勤務に)。「いつお迎えが来ても悔いなし」の心境にて、生涯現役医師を続けている。

奥田 弘美(おくだ・ひろみ)
精神科医 産業医

1967年生まれ。約20年前に中村恒子先生に出会ったことをきっかけに、内科医から精神科医に転向。現在は都内にて診療および産業医として日々働く人の心身のケアに取り組んでいる。執筆活動も精力的に行い『一分間どこでもマインドフルネス』(日本医療情報マネジメントセンター)など著書多数。今回、念願であった恩師・中村氏の金言と生きざまを『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(すばる舎)にまとめて出版した。