生存者バイアスが覆い隠す事実
〈叱る依存〉の場合で言うと、叱られ続けることで起きる弊害をなんとか耐え忍び、社会的な成功を収める人は確かに一部にいるでしょう。その場合その方の個人的な体験として、「叱られることで強くなれた」と感じることは十分ありえます。ご本人にとって、その経験や感情は大切なものでしょうから、当然ながら何ら否定されるべきではありません。
しかしながら忘れてはいけないのは、そのようになれなかった多くの人たちの存在です。生存者バイアスによって「ほとんどの人はうまくいかなかった」という事実が覆い隠されてしまっている可能性があるのです。そしてうまくいかなかった方の声が、社会に広く拡散されることはあまりありません。声が届くのは、一部の成功者たちのほうが圧倒的に多い。そういった前提にある「叱られて、私は成功できた、強くなれた」は、うまくいかなかった多くの「犠牲」の上になりたっている可能性が高いのです。
社会で正当化される〈叱る依存〉
生存者バイアスに限らず、〈叱る依存〉の正当化につながる言説がこの社会にはたくさんあります。私にはそこに、根強いニーズがあるように感じられます。叱り続けることを、なんとか「正しいこと」「必要なこと」「当然のこと」にしようとしている人が数多くいるのです。
この正当化ニーズの裏側には、仲間を求める心理があるのでしょう。同じように考えている人がたくさんいると思えたら「みんなそうなんだ」と安心できます。また、社会的な影響力のある人が言ってくれれば、自分の正当性をより強く主張することができます。そうなれば今まで通り、叱り続けることができるのです。そのため、〈叱る依存〉を擁護したい人たちは、同じ考えを持つ人たちと強く結びつきます。そして、こうした結びつきが、ある種の社会的な影響力を持つようになっていくのです。
その結果、もともと個人レベルの問題だった〈叱る依存〉は、さまざまな社会課題の発生にまで深くかかわっていくのです。
1977年、大阪生まれ。公的機関での心理相談員やスクールカウンセラーなど主に教育分野での勤務ののち、子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、発達障害、聴覚障害、不登校など特別なニーズのある子どもたちと保護者の支援を行う。現在は人の神経学的な多様性(ニューロダイバーシティ)に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働き方、学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指して活動する。『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國書店)、『ニューロダイバーシティの教科書』(金子書房)など、共著・解説書も多数。一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理、Neurodiversity at Work 株式会社代表取締役。