「お客さんからは辛辣な意見がめちゃくちゃ多い」

実際に売り場を動かしていく二宮氏をはじめ地元のスタッフの多くは、暮らしに直結したリアルな場の運営に直接携わったことがない、未経験からの大舞台にいる。

総監督を務める福島氏自身、「開業直後は、ここまでかと思うほどうまくいかない。泳げると思っていたら溺れる、後ろから浮き輪を投げる、そんな感じです」というように、未来志向の羅針盤を片手に進むべき方向を指し示す初めてのポジショニングで試行錯誤を続けている。

「現場の若い人たちが体を張って、本気で一次産業の現状をどうするのかを考えながら、トライアル・アンド・エラーを繰り返す。魂を入れるのはこれからです。関わる人たちがmust(しなければならない)からwant to(そうしたい)になっていく環境で動き始めた時、保守的な一次産業の世界がどう変わるのかが、見たい」(福島氏)

開業から2カ月。売り場では約70人を雇用したが、人材の確保も、企画や情報発信もまだまだ理想のレベルには程遠い。見慣れたデパ地下やスーパーらしからぬ売り場に、「がっかり」「こんなの三越じゃない」と、「辛辣な意見がめちゃくちゃ多い」(二宮氏)。“らしさ”を求める客の要望と、目指す「場」の未来像との狭間で揺らぐことがまったくない、とは言い切れない。だが、二宮氏にとってとるべき道は明白だ。

「既存の枠組みの中に引き戻されたら、百貨店はもう二度と変わることはない。求められているマーケットに寄せていくのではなく、攻め続けることに集中していく。場所があることでもがいてみる。ありたい形を発信していきます」

前例のない試みは7、8階のホテルも

トライアル・アンド・エラーは食品売り場に限らない。松山三越の全フロアで、地域や業態としての課題に向き合った「地域協業」の新企画が同時進行で動き始めている。

店舗の7、8階に開業した北欧風の高級ホテル「LEPO」とレストラン「AINO」も、地元・道後温泉で老舗旅館を経営する「茶玻瑠(ちゃはる)」が手がけている。同社の川本栄次社長は、かつて慰安型旅行が中心だった道後地区を改革しようと、ランチメニューの開発やウェディング事業を先駆け、地元客に親しまれる地域としてイメージを塗り替えてきた開拓者でもある。

フィンランド・デザイン界の第一人者として知られている愛媛県砥部町出身の陶芸家・石本藤雄によるアートで飾られたHOTEL LEPO CHAHARUの客室内
筆者撮影
フィンランド・デザイン界の第一人者として知られている愛媛県砥部町出身の陶芸家・石本藤雄によるアートで飾られたHOTEL LEPO CHAHARUの客室内

川本社長は「現状を打破するには地域の人に徹頭徹尾、愛してもらうことが大切です。浅田社長にチャンスをいただいた。生まれ変わろうとする百貨店で、ホテルの一つの概念を変えるきっかけをつくっていきたい」と期待する。