「全社員の給与を上げること」を歓迎する経営者はいるのか

言うまでもなく、経営者が賃上げに踏み切るのは「儲け」が増えることが前提だ。しかも、中期的に業績向上が見込めなければ人件費を増やそうとは考えない。たいがいの企業で人件費は最大の経費だから、1%上げてもトータルの増加額は大きくなる。いくら、その分税金を安くすると言われても、負担は確実に増えるわけで、そうそう簡単には踏み切れない。

しかも問題なのは、給与とボーナスの「総額」を増やすことが条件になっていることだ。今、企業はDX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組み、業務の効率化を進めようとしている。できるだけ雇用者数を抑えて、ひとり当たりの付加価値を高め、全体としての利益を上げることが課題になっている。人口の減少などでマーケット全体が大きく伸びない中で、売り上げを増やすことは難しく、コスト構造を変えることで利益を上げようとしているのだ。

もちろん、働きの良い社員の給与は積極的に引き上げようとしている。そうでなくても少子化で優秀な人材を確保するのが難しいから、優秀な社員は厚遇しないと他社に引っこ抜かれてしまう。そういうご時世だ。

同じ社員でも格差が拡大するのがこれからの時代

当然、社員の給与を一律に引き上げるという話ではなく、業績拡大に貢献している人とそうでない人の評価はおのずから異なる。つまり、同じ社員でも格差が拡大するのがこれからの時代だ。つまり、企業経営者からすれば、優秀な社員の給与は思い切って引き上げるが、総人件費自体は抑える、というのが当たり前の経営戦略になっている。一人ひとりの給与は上がっていても、総人件費が減っていては、今回の税制上の恩典は受けられない。

重荷を前へ押す人々
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税制改正案を考えたであろう財務官僚は公務員だから、当然、リストラに遭うこともない。入省年次で給与が決まり、キャリアならば昇進速度もほぼ変わらないから、「全職員一律3%アップ」といった発想が出てくるのだろう。一律の賃上げを求めてきた伝統的な労働組合が考える雇用関係が前提になっているとも言える。「全員一律3%の賃上げ」という発想は経済全体が3%以上成長していた時代の遺物ではないか。

だが、今の雇用の形は多様だ。業績を上げている企業ほど、社員の働き方は変わっている。いわゆる年功序列賃金ではなく、年俸制に近い形で働く人も増えてきた。つまり、給与とボーナスの「総額」での上昇を求める今回の政策は、企業の現場から大きく遊離しているのだ。