酔っぱらい同士の喧嘩は最悪の結末に

不孝者のアレクサンドロスは宴席の人々とともに酩酊し、ほかならぬ父マケドニア王フィリッポス二世をバカにした。軍人として無能だったというのだ。廷臣たちは大王の言うがままに、たしなめもしない。このときの顛末は、モーリス・ドリュオンの『アレクサンドロス大王─ある神の物語(Alexandrele Grandoule Roman d'un dieu)』(Del Duca,1958)に再現されている。

ワインの酔いがまわったクレイトスは怒りを爆発させる。

「フィリッポスは偉大な王、偉大な人物だった。アレクサンドロスにまさるともおとらない、数々の勝利をあげている。フィリッポス王がギリシアを征服しなかったら、いまのわれわれはいないし、アレクサンドロスの名が知られることもなかっただろう。自分をはじめとする人々がいなかったら、大王はハリカルナッソスを占領することも、ヘレスポントス(ダーダネルス海峡)を渡ることもできなかっただろう」と。

そして軽率にも、悲劇作家エウリピデスの有名な一節を引用する。

「血を流して勝利を勝ちとるのは軍隊だが、まわしい慣わしによって、戦勝記念碑に記されるのは勝った王の名だけだ。得意の絶頂にある王は臣下を軽んじる。臣下がいなければ、王は何ほどのものでもないのに」。

クレイトスは大王がペルシア人をまねて女装していることも非難する。怒った大王が皿のリンゴをつかんでクレイトスに投げつけると、リンゴはクレイトスの頭にあたった。リンゴを投げつけられたクレイトスは、あいかわらず強情な態度で、ますます怒りをつのらせた。

「あなたは女の乳、わたしの姉の乳で育ったのに、忘れたのか。神どころか一人で立つこともできず、わたしが抱いてやったのに(※1)」。

この言葉の裏には、酔っぱらったアレクサンドロスがたびたびクレイトスに介抱されていたという事情もあった、と思われる。

だが征服者アレクサンドロスに感謝の念はわかず、酔いのほうが上まわった。いきなり護衛の手から槍を奪う。ヘファイスティオン、プトレマイオス、ペルディッカス、レオンナトスら、宴席につらなる側近たちが止めたにもかかわらず、大王はクレイトスを追って宮殿の廊下に飛び出す。

「裏切り者はどこだ」。

クレイトスはまたも主君を挑発した。

「わたしはここにいる、クレイトスはここにいる!」

大王はクレイトスに向かって槍を投げた。とどめの言葉とともに。

「ならばフィリッポス、パルメニオン、アッタロス(いずれも大王が殺害したとされる人々)の後を追え!」

クレイトスは倒れ、絶命した。人をあやめたことの重大さに気づき、酔いは一挙に覚めた。「いやだめだ! こんな恥ずかしいことをした自分に、もはや生きる資格はない!」と悲痛な叫びをあげる。

槍を壁に立てかけ、自分の体を刺しつらぬこうとした。

それから三日のあいだ、なにも食べず、眠らず、体も洗わず……酒をいっさい断った。酒を断ったということは、心の底から後悔したということだ。流血の張本人が、被害者のために盛大な葬儀を行なったのである。