「1日に10回、手を洗え」

それは何かといえば、どんなポジションであっても、現場を見ろと。現場に出て、自分の手で触れ。モノを実際に触ることがすごく大事だ、と。事実をつかむには、自分の手で実物を触れ。自分で持てば重さもわかる、温度もわかる。

喜一郎さんは自分の手を汚せ、1日に10回くらい手を汚し、洗わないとトヨタはよくならない、成長もしない、と……。

手を洗う
写真=iStock.com/Stígur Már Karlsson/Heimsmyndir
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僕はずっと覚えていました。実にいい話ですよね。それが『トヨタ物語』を読んで、意味がわかった。喜一郎さんがこだわったジャスト・イン・タイムという思想も、(喜一郎氏の父であり、トヨタグループ創始者の)豊田佐吉さんが提唱した自働化の意味も分かった。

リーダーが現場に寄り添うトヨタの原点

『エスクァイア』には佐吉さんの遺訓もありました。

「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」

喜一郎の遺訓と、佐吉の「つねに時代の少し先を行け」という遺訓。そのふたつが合体したものがトヨタの原点なんだなあと。それは僕のなかにはすでにインプットされていたことでした。それもあって、この本を読んで、確信することができた。

——リーダーが現場に寄り添ってますね。

【松浦】ええ、リーダーは部下たちを見ていて、離れない。

——離れないという表現、しっくりきます。(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんが部下に「この丸のなかに立って見とけ」と、今だったらパワハラと言われそうな場面があります。だけど、そういうふうに丸を描いて、ここから見るんだぞ、と教わるってすごいことだと思うんですよ。大きな工場のなかで、そこから見れば必ず何か大切なことが見えてくるぞ、と導いてくれているわけですから。

【松浦】ものすごいことです。お前の仕事は「見ること」だと教えている。

それが仕事であり、成果はそのなかから生まれる。成果が上がると、プライドが生まれ、みんな元気になる。

変化に抵抗せず、どうしようかと考えること

【松浦】今は何でも答えを教えてしまうことが増えている。それは一見、効率的なようでいて、失ってるものもある。トヨタという会社は現場で見ること、学ぶことで組織を強くしている。そういうことをこの本は教えてくれています。トヨタがすごいなと思うのは、生産方式なり、カイゼンなりが、どんな業種でも通用するということ。

——そうですね。トヨタは今、車を作っているけれど、別のものを作っても……。

【松浦】そう、車を作っているけれど、作っているものは別。いわば何でもいいものを作れる会社なんですよ、トヨタの生産現場は。