数年前、私は「たい焼きが焼ける会計士」という、風変わりな肩書をもっていた。その顛末をお話ししよう。

会計士として独立すべく、5年間勤めた監査法人を退職。しかし経営者の実体験を積まないままの独立には自分自身、万全ではないという思いがあった。

帳簿を見て判断する会計士の仕事はできても、事業についての体系的な経験がないため、どこか腰が据わっていない。単なる帳簿屋にはなりたくない、という思いが強かったのだ。

もうひとつ、「撤退」の経験もしておきたかった。参入の助言をするコンサルタントはいるが、撤退のアドバイスはしないのが普通。利益が上がらなければ一度撤退して筋肉をつけて出直すという選択肢があっていいはずだが、恥の文化である日本では難しいのかもしれない。

そこで私は事業を興そうと考えた。

立ち上げの努力をし、人を雇い、経営し、さらに撤退までを経験したい、と考えたわけだ。

当初は私が担当した初めての顧客でもある美容院を考え、物件も確保した。しかし土壇場で物件のオーナーからNGが出て、断念。500万円程度の初期投資が必要だったが、あとから考えれば、設備投資は少ないほうがいい。

気持ちを切り替え、借り入れなしで開業するという前提で200万円程度の予算を想定。たこ焼き屋かたい焼き屋かで迷ったが、たこ焼きには成功例が多く、競合も多い。自身が甘いもの好きであることも手伝って、たい焼き屋に決めた。

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開業にあたって準備すべきは、おもに場所の確保、設備の調達、原材料の仕入れルート確保の3点だ。

たい焼き屋を何軒も梯子し、味比べ。餡このグラム数や、冷めたときの味も確認し、これはと思った店に通い詰め、顔を覚えてもらったところで、開業したいということを話した。なぜ会計士がたい焼きを? と不思議がられたが、正直に理由を説明し、真っ向勝負。某老舗デパートにも納めているという餡こを卸してもらう算段をつけた。

(高橋晴美=構成 ライヴ・アート=図版作成)

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