政府の収入と支出を均衡させる必要があると思い込んでいる

私自身は、貨幣理論という名の通りに「貨幣とは何か?」「貨幣はなぜ流通するのか?」といったテーマが主軸にあると思っている。だが、MMTはあまりにも多くの論点を含んでおり、どの点を強調するのかはMMTerによっても異なっている。

「MMTは世界を正しく見るためのレンズ(眼鏡)」という有名な言い回しがある。主流派経済学のレンズは歪んでいるが、MMTレンズを掛けると物事が正確に見えるというわけだ。

本書でケルトン氏も、民主党のチーフエコノミストを務めた時に、上院議員の誰もが歪んだレンズを身につけており、政府の収入と支出を均衡させる必要があると思い込んでいることにがっかりしたと述懐している。

MMTは確かに世界を正しく見るためのレンズとして役立つ面もあろうが、一方で私には万華鏡のようにも思える。色とりどりの複雑な模様を織り成すだけでなく、手に取る人によってその模様が異なって見えるからだ。

「MMTは社会主義ですか?」という聴衆からの質問

例えば、主流派経済学者は、MMTに対し「社会主義」というレッテルを貼りがちであるが、「MMTは社会主義ではない」と言ってそのレッテルをはがして回るMMTerがいる。

ケルトン氏は、くだんの来日講演の際に「MMTは社会主義ですか?」という聴衆からの質問に、明確に「ノー」と答えている。

オーストラリアの経済学者でプロのミュージシャンでもあるビル・ミッチェル氏も、自身のブログで「MMTは本質的に左派寄りというわけではない(※5)」と書いている。だが、2019年11月に来日した時には「MMTの源流はマルクスだ」と言っている。ミッチェル氏もまたMMTの主唱者であり、MMTの名付け親である。

いずれにせよ、本場MMTですらも一枚岩ではないと言えるだろう。だが、一枚岩である必要はなく、多様な意見のぶつかり合いが起こることこそが健全だ。経済学は、万華鏡のごとくあることがむしろ好ましい。