ケルトン氏も最初はMMTを正しいとは思わなかった
本書は、このように自国通貨を持つ国の「借金」が、いかに家計などの借金と異なるかを議論の出発点としながら、「財政赤字の神話」を突き崩していく。
読者の中には、財政赤字それ自体は問題ではないと言われて、「そんなバカなことがあるか」と憤慨している人もいるかもしれない。
その点については、安心してもらいたい。というのも、他ならぬケルトン氏ですら最初は、MMTの考えについて正しいとは思わなかったらしい。
本書でも、MMTの父と目されるウォーレン・モズラー氏の著書を読んで納得できなかったと述べられている。それでケルトン氏はモズラー氏の自宅にまで出かけて行って、何時間も説明を聞いたという。
多くの人々にとって、MMTの思考に慣れるにはかなりの時間がかかるだろう。ついでながら白状するが、私自身もMMTの思考に完全に慣れ切っているわけではない。それは、常識とはあべこべに見えるし、普通の経済学者の主張ともかなり異なっている。
MMTは非主流派の経済理論、つまり一般的な経済学の教科書には載っていない理論だ。それゆえ、1990年代から存在しているにもかかわらず、経済学者の間ですらもそれほど知られていなかった。
ところが、2019年になってから、まずはアメリカで脚光を浴びるようになった。というのも、前年に史上最年少の女性下院議員となったアレクサンドリア・オカシオコルテス氏が、MMTに言及したからだ。
金利が上昇するかどうかで、ノーベル賞経済学者を交えた大論争に
彼女は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを100%にするとともに、新たな雇用を創出する政策「グリーン・ニューディール」の財源として、赤字国債を挙げた。つまり、政府が「借金」してお金を調達すれば良いというわけである。
そうやって政府の「借金」を正当化するために、オカシオコルテス氏がMMTを持ち出したのをきっかけに、ノーベル賞受賞者であるポール・クルーグマン氏などの主流派経済学者を交えた大論争が巻き起こった。
2019年前半に、ケルトン氏とクルーグマン氏は、財政支出を行うと金利が上昇するのか否かといった論点をめぐって、いささか噛み合わない議論を繰り広げた。
ただし、クルーグマン氏もまた「反緊縮派」(積極財政派)であり、日本に対し消費増税をすべきでないと助言している。両者は、政策スタンスが真逆だからぶつかり合っていたというわけではないのである。
MMTは、このようにアメリカで言わば「炎上」したわけだが、それは日本にも飛び火している。2019年4月頃から、新聞やネットの記事、経済誌などで連日のように取り上げられるようになったのである。
正直言って私は、流行りの一発芸よろしく、年をまたいだら世の人々はMMTに見向きもしなくなるのではないかと占っていた。
2019年12月に『MMT:現代貨幣理論とは何か』(講談社選書メチエ)という本を出版した私自身にとって、それは当たって欲しくない予想だった。だが、良い意味で予想は裏切られ、MMTへの関心は失われることがなかった。
政府の「借金」が1000兆円以上もありGDP比で世界一の日本では、財政赤字がどのような意味を持つかということは、国の命運を決定づけると言っても良いくらい重要な問題だ。財政赤字が増大し続ける限り、MMTへの関心が尽きることはないのかもしれない。