車が移動する意味に着眼して、生産性を上げる

そして3つ目はソリューションです。人やモノが車で移動すること自体は手段であって、目的はビジネスで儲けたり、用事を済ませたりするためです。

鈴木貴博『日本経済予言の書』(PHP研究所)
鈴木貴博『日本経済予言の書』(PHP研究所)

その前提で考えれば、自動車ユーザーのニーズは移動の生産性を上げることです。

具体的に言えば、5Gデータを駆使して宅配で再配達のない最適な一日の配達ルートをAIが提案してくれるようなサービスイメージです。そういったデータを自前で用意できないような中小の運送会社は喜んでインフラへの付加価値コストを支払うはずです。

同じエリアに存在する大半のユーザーのカレンダー情報、GPS情報、移動情報などがクラウド上でビッグデータとして解析され、ソリューションとして提供されることで、ビジネスや生活の一日の行動はずっと効率的になり生産性が上がる。特にアメリカのような車社会での恩恵は大きいでしょう。

このように「なんのために人々が車で移動しているのか」に着眼した新しいタイプのソリューションを提供する企業が、2040年代の自動車産業のリーディングカンパニーになる可能性は高いのです。

あえて私が外した4つ目の可能性としては「未来の車を創る」という領域がありえます。人工知能とLiDAR(ライダー)やミリ波レーダーなどを使う完全自動運転車をクリーンな電気エネルギーで創り出す。

これは自動車会社と競合IT企業の多くが目指している未来です。しかし、ここをゴールだと捉えると2020年代の競争には勝ち残れても、2030年代の競争からは置いていかれて沈没する危険性がある。そのため私は「未来の車を創る」というコーポレートメッセージは危険だと考えています。

トヨタはそろそろ「DD」から「CC」へ

さて、これらの可能性が目の前にあるとしてトヨタ、日産、ホンダといった既存の自動車メーカーはどうすべきなのでしょうか。

私は先ほど挙げた3つの領域から、どれか1つに絞り込む時期がきていると思います。

これまで自動車業界では、Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字をあわせた「CASE」と呼ばれる新しい領域を総花的に語られてきました。

日本の自動車メーカーは、自動運転や電動化という領域で、世界の最先端ではないにしろ辛うじてトップグループに追いついていたような状況でした。しかし、ここから時価総額の高いグーグル(ウェイモ)やアリババが次の領域へスパートをかけると、引き離される局面に来ています。

自動車危機の最大の問題点は、新たな異業種競合であるグローバルIT企業が50兆円から150兆円というトヨタの数倍の資本規模をもち、かつ「CASE」の中のコネクテッドの領域で圧倒的な経験量を持っているという点なのです。

そして実は、2つ目のプラットフォームと3つ目のソリューションの領域は自動車業界のビジネス文化には合わないという欠点があります。トヨタにフェイスブックやIBMみたいになれといっても難しい。そのような自動車会社から見て遠い領域なのです。

一方で、1つ目の電力インフラのドメインは比較的製造業のビジネス文化とは親和性が高い事業ドメインだと私は思います。

そう考えると、そろそろトヨタはコーポレートメッセージを2010年代のDD(Drive your dreams)から2020年代に向けたC&C(Car and Clean energy)に変える時期に来ているのではないでしょうか。

「CASE」という業界全体の未来を語りながら「モビリティ」というあいまいな未来を語るのではなく、具体的なひとつの未来を選ぶべきタイミングです。それなのにいつまでたっても選ばないというのが、トヨタ危機の本質ではないでしょうか。

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