肝がんの世界的権威として知られるのが、東京都渋谷区にある日本赤十字社医療センターの幕内雅敏院長(64歳)である。“手術のうまさは世界一”と消化器外科医の誰もが認める。理由は「手術時間が短い」「出血が少ない」「術後の合併症が少ない」「再発しない」と――。

<strong>幕内雅敏</strong>●日本赤十字社医療センター院長。1946年、東京都生まれ。73年東京大学医学部卒。国立がんセンター病院、信州大学医学部第一外科教授などを経て、94年東京大学医学部第二外科教授就任。2007年より現職。
幕内雅敏●日本赤十字社医療センター院長。1946年、東京都生まれ。73年東京大学医学部卒。国立がんセンター病院、信州大学医学部第一外科教授などを経て、94年東京大学医学部第二外科教授就任。2007年より現職。

その技量があるからこそ、こう言い切れる。

「私たちはプロです。一番大事なことは手術をした患者さんには全員元気で帰ってもらう。それが、目標。次に、元気に帰った患者さんがいかに長生きするかが、最大の目標です。それは、安全第一で解剖に基づいた手術をすれば、結果はおのずとついてきます」

と、幕内院長はさらりと口にする。東大教授時代には“1056例連続死亡ゼロ”の手術記録もある。

もちろん、一朝一夕に手術の名手が誕生したわけではない。

幕内院長は目黒生まれの江戸っ子。父は日赤で35年間外科医を務めた幕内精一氏。その次男である。

「おやじが外科医にしようと仕組んでいたのです。東大の学生時代から手術のときはここ(日赤医療センター)に連れてこられました」

父の背中を見て育った幕内院長は“自然”と外科医になった。

東大の医局時代に肝がんの手術で名を馳せていた国立がんセンター(当時)の長谷川博氏に呼ばれ、同センターへ。当時、国立がんセンターといえども肝切除は年間20例程度。このころ、幕内院長はより安全・確実な肝がん手術を行うために選択的肝流入血遮断下に門脈領域を正確に切除する「系統的亜区域切除術」という術式を開発。70年代末のことである。

肝臓は体重の約50分の1を占める人体最大の臓器だ。成人では約1200グラムもある。生命維持に不可欠な一大化学工場である。この肝臓にがんができるときは、中にできるので外からではがんがどこにあるのか、知るのは難しい。幕内院長は血管造影検査で血流が多い腫瘍がうつっているのに、いざ肝臓にメスを入れても腫瘍は見つからないという苦い経験をした。

その経験から確実に肝がんを切除するために、手術中に超音波による検査を行い、腫瘍の位置を特定し、さらに、腫瘍近くの血管にも色素を注入することで、切除する位置を肉眼で正確に把握することができる方法を開発。これが「系統的亜区域切除術」で、世界では「幕内式肝切除」と呼ばれ広く行われている。

「当時、他臓器では超音波は使われていましたが、肝臓では初めてでした。しっかり見て手術を行えるのは、細かいところまで正確に切除できるということです。超音波を使わなければ肝臓の手術はうまくいきません」

国立がんセンターでの年間の肝がん手術数は増え、80年代末には年間125例になり、そのうちの95例を幕内院長が行っていた。系統的亜区域切除術以外でも肝切除の新術式を数多く発表。肝がん手術の安全性のみならず、術後生存率の向上にも大きく貢献した。