度胸を試された交渉後のウオツカ
高い目標値。単身辺地に赴き、販路を開拓する。ロシア人は交渉は厳しいが、ひとたび信用されれば、とことん面倒を見てくれる。交渉後の夜のウオツカの飲みっぷりで度胸を試され、難交渉が翌日には妥結したりする。日比自身、ロシア人以上にウオツカを飲んだ自負がある。数々の試練を経て鍛えられ、帰任する駐在員には“卒業記念”の特注の黒帯が贈られる。どこに移っても通用する証だ。
「迷ったら踏み込め」「ショウ・アワ・スピリット」――2つの言葉を日比は会社の標語に掲げる。ひと言でいえば、「闘魂」だ。困難を避けず、果敢に挑む気構えを示すこの言葉を好んで使う。
「社内に“闘魂”が根づいてきたな」
着任3年。今確かな手応えを感じる。ロシア人社員たちも自分たちの取り組みを「闘魂プロジェクト」と呼ぶ。世界同時金融不安により、BRICsの経済成長も減速傾向といわれる。しかし、98年の危機をくぐり抜けた社員たちは、当時とは基盤の強さが違うことを知っている。重要なのはソニーがロシアにどう根を張るかだ。その戦略を筒井が語る。
「ロシアでブロードバンド化が進み、機器がネットワーク接続されたとき、映画に音楽にゲームにと多様なグループ資産を持つソニーは他社の提供できない価値を生み出せる。新しいライフスタイルを生み出せれば、優位性を確保できます」
グループ戦略を練るため、筒井は会長直轄プロジェクトにも関わる。その実行を担うのが現場の部隊だ。日比が話す。
「僕もいつか黒帯を手にCIS道場を卒業する日がきます。それまでは常に踏み込む。見送りの三振をするなら、空振りの三振をしたほうがいい。腹をくくれば、必ず結果に結びつくと信じています」
現在、ロシアでの市場シェアはサムスン16%に対し、ソニー14%と差はわずか。日比が黒帯を手にするとき、筒井の無念は晴れているか。すべてはソニーの闘魂にかかっている。(文中敬称略)