水戸学の思想が各地に伝播していった

この『新論』をバイブルとして、水戸学の思想が各地に伝播していったのが、起承転結の承にあたります。吉田松陰は水戸に遊学したし、西郷隆盛は尊敬する人物として、薩摩藩主・島津斉彬のほかに、水戸学の支柱であった藤田東湖をあげています。

転は桜田門外の変です。大老井伊直弼が暗殺された、あの事件は1人の元薩摩藩士を除き、水戸藩の元藩士たちによって起こされました。そして結は、大政奉還です。江戸幕府最後の将軍として大政奉還を行った徳川慶喜は水戸徳川家の藩出身です。大名の息子は江戸で育てるのが通例ですが、副将軍を担う水戸藩主は唯一参勤交代が免除されており、父の第9代水戸藩主・徳川斉昭は慶喜を水戸で育てました。幼いころから尊王攘夷の水戸学を学んだ慶喜は、錦の御旗を相手に戦うことに抵抗があった。それが大政奉還につながったのです。

残念ながら、大政奉還の後、明治維新の歴史は薩長中心に書き換えられ、水戸学は傍流へと押しやられてしまいました。しかし、歴史をひもといていくと、水戸学なくして明治維新はなく、その後の安定のもとになった国体思想も育まれなかったことがわかるはずです。

日本に注目が集まっている今、この事実を日本人のみならず世界の人々にも知ってもらいたい。その思いをハーバード大学大学院で博士号を取った歴史学者、マイケル・ソントン氏に伝えたところ、水戸学の本を英語で執筆してもらえることになりました。彼は北海道を中心とする日本近代史の研究者ですが、水戸学の歴史を話したら、「それは面白い」と俄然、興味を示しました。それから自身で取材と研究を重ね、本は20年『Mito and the Making of Modern Japan』(日本語版タイトル『水戸と維新の物語』)として、発表される予定です。

日本が世界に注目された時代は、いつも日本に関する本がベストセラーになりました。3回目の今は、水戸学の本に関心が集まるかもしれない。茨城出身の僕としては、そうなることを期待してやみません。

世界から注目された日本の歴史
(文=村上 敬 撮影=的野弘路 写真=PIXTA)
【関連記事】
ローマ教皇が「ゾンビの国・日本」に送った言葉
未曾有の"コロナ大不況"突入…「五輪中止で日本沈没」、始まる
社員9割外国人、武田薬品社長から見た「日本人」の長所と短所
日本という国が「想定外の事態」という言い訳を繰り返す根本原因
新型コロナでついに日本の営業マンは絶滅するかもしれない