また、心的リソースは簡単に枯渇してしまいます。スーパーのジャム試食コーナーでは、6種類のジャムを並べるよりも24種類並べるほうが、立ち止まる人の数は1.5倍に増えます。しかし、実際にジャムを買う人の数は6種類のほうが8倍も多くなるのです。

選択肢が多いと消費者は惹きつけられますが、実際に24種類もの中から選択するのには多くのエネルギーが必要になります。もし心的リソースが枯渇してしまうと、途中で選択をやめてしまったり、結果として不満足な選択を行ったりする人が多くなってしまいます。

こうした制約の中で、私たちの意思決定を可能にしているのが「ヒューリスティクス」という思考様式です。これは経験則や直感を用いて解答を導きだす思考様式で、論理的かつ客観的な思考様式である「アルゴリズム」と対比される概念です。

ヒューリスティクスの影響力を実証している面白い実験があります。アメリカの大学生にワインやチョコレートの商品の写真を並べたプリントを配り、はじめに自分の社会保障番号の下2桁を記入させた後、商品を購入するためにいくらまで支払えるかを尋ねました。すると、社会保障番号の下2桁の数字が大きい人(80~99)は、小さい人(01~20)に比べて、200~300%も高い金額を払ってもいいと答えたのです。これは大学生が記入した社会保障番号が、無意識のうちに商品価格の基準となったために生じたと考えられています。

つまりヒューリスティクスとは、外部からの無関係な情報の影響を無意識的に受け入れる思考様式でもあるのです。私たちの心的リソースは不足したり、簡単に枯渇したりするため、私たちの意思決定は、こうした影響を頻繁に受けていると考えられます。

無関係の情報が意思決定を左右する

人はなぜ、衝動買いをしてしまうのでしょうか。衝動買いは非計画的な購買行動で、抗いがたい欲求が源にあります。また、多くの場合、欲求を充足するためには何らかのリスクを伴います。スーパーで目にした新発売のケーキやスナック菓子を食べたいという欲求を満たすことは、体重の増加や金銭の浪費といったリスクを生むということです。そこで、私たちは脳内にある2つのシステムのバランスを取ることで、行動をコントロールしようとします。

ひとつは、「目の前の欲求を満たしたい」と考え、単純で反射的な意思決定を行おうとするホットシステム。対するのが、「客観的・合目的的により大きな利益を追求したい」と考え、冷静で賢明な意思決定を行おうとするクールシステム。この2つがせめぎあって、私たちの行動がコントロールされるという考え方です。人が衝動買いに至るのは、ホットシステムがクールシステムを凌いだとき、と言うことができるかもしれません。