夫婦間「勝ち」「負け」という悲劇

「カチ、マケ……」
「えっ? どういうことでしょうか?」
「女性にも管理職になって活躍するチャンスが与えられる時代になって……夫婦の間にまで『勝ち』『負け』が起こり兼ねない状況になったのではないかと。奥田さん、覚えていますか? 最初に取材を受けた時、私は女性を『負け組』と『勝ち組』に分けるなんてナンセンスだと答えた。夫婦にも勝敗なんてあってはいけない。それって悲劇ですよね。でも妻が正社員で働いていたら、どの家庭でも起こり得ることなんじゃないでしょうか。男の面子メンツとでもいうのか、妻に『負ける』のは受け入れられない人は多いと思います。私だって一時期、自分が管理職にならなかったら、夫との関係が壊れなかったんじゃないか、と自分を責めた時もありました。実際に仕事の地位で妻が夫より上になった場合、うまく関係を維持するにはどうすればいいのか……まだ答えは見つからないですが……」

奥田祥子『夫婦幻想』(ちくま新書)

女性としての自身の生き方についてはどうか。

「仕事と家庭の両立、さらに管理職になること……社会が求める『活躍』女性を実現することがイコール幸せ、というわけではないんだと思えるようになって、気が楽になりました。すべて完璧にこなすことなんて無理ですし、例え一時(いっとき)、そうできたとしても、家族、特に夫との関係が良くなければ、いずれ仕事だってうまくいかなくなる。どれも頑張り過ぎず、でもどんなに小さくてもいいからやりがいを見つけて、それで……そんな自分を自分で認められるよう、努力していきたいと思っています」

戸惑い、試行錯誤しながらも、佐野さんは今も着実に歩を進めている。

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奥田 祥子(おくだ・しょうこ)
近畿大学 教授

京都生まれ。1994年、米・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。ジャーナリスト。博士(政策・メディア)。日本文藝家協会会員。専門はジェンダー論、労働・福祉政策、メディア論。新聞記者時代から独自に取材、調査研究を始め、2017年から現職。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。著書に『捨てられる男たち』(SB新書)、『社会的うつ うつ病休職者はなぜ増加しているのか』(晃洋書房)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社新書)、『男が心配』(PHP新書)、『シン・男がつらいよ』(朝日新書)、『等身大の定年後 お金・働き方・生きがい』(光文社新書)などがある。