夫も昇進がかかった大事な時期を迎えていた

「……ええ。課長に昇進すると、責任も重くなるわけで、もちろん、それだけ労働時間も長くなります。私の会社には、子どもがいて課長以上の管理職に就いている女性はいないですし、家庭との両立がこれまでのようにできるのかと、不安が大きいんです。まだ下の子どもは5歳ですし……。まあ、そうしたことは前から予測できたことで、それでもやはり指導的なポジションに就いて、自分の能力を発揮してみたい、という思いが今上回っていることは確かです。でも……夫もちょうど私と同様に課長昇進がかかった大事な時期ですし、これ以上、夫に育児協力で負担をかけるのもよくないし……。堂々巡りで、どうしたらいいのかわからずに困っているんです」
「一度、ご主人に相談されてみてはいかがですか?」
「そうですね。そうしたいと思ってはいるんですが……なかなか話せる時がなくて……」

家事、育児を協力し合い、また仕事では互いに刺激し合いながら、ともに頑張ってきた夫婦の間に、すきま風が吹き始めているのではないか。ふとそう感じつつも、杞憂きゆうであってほしいと願ったものだ。

欲しいものはすべて手に入れたはずだったのに

そうして、前編「活躍妻とイクメン夫の夫婦はほんとうに幸せか」で紹介した、「欲しいものはすべて手に入れたつもりが、違った」「夫に絶望した」という心情の吐露とろにつながるのだ。

2014年の取材から、次に面会を承諾してくれるまでに3年もの歳月が流れる。長年インタビューに協力してもらってきたなかで、佐野さんとこれだけ期間が空いたことはそれまでなかった。彼女は前回の取材から2年後の2016年、課長ポストを手にしていた。

2017年、彼女は悔しさや苦しみ、怒りなどネガティブな感情を惜しみなく表出した。

佐野さんの興奮が鎮まるのを待って、質問を再開する。

「どうして、ご主人と会話がなくなってしまったのでしょうか? 『夫に絶望した』というのは衝撃的な言葉ですが、なぜ、そう感じられたのか、もう少し詳しく教えてもらえますか?」

彼女は戸惑う様子もなく、この時を待っていた、と言わんばかりの表情で、いったん目を閉じて呼吸を整えたかと思うと、一瞬、天を仰ぎ見るような身振りを見せた。そして、こう一言ひと言紡ぎ出すように、語り出した。