自宅リビングのテーブルには、大量の介護付き老人ホームのパンフレットが並べられている。かつて、今年78歳になる親のために集めたものだ。
「母が証券会社のいいなりにならなければ、安心して老後を過ごせる環境が手に入るはずでした……」
苦々しい表情でこう語るのは、都内に住む長塚孝夫さん。彼の母親が大手証券会社を通じて投資信託を購入したのは2年前の夏だったという。購入総額はなんと約6200万円だ。営業マンのいいなりに国内株や中国など新興国に投資するファンドを中心に回転売買が行われ、解約したときには2400万円にまで縮小していた。
証券会社の口座には、運用資金以外のお金は預けない
山梨県で一人暮らしをしていた母親は、都内に介護付き老人ホームを探して住む予定で自宅を売却していた。6200万円は、自宅の売却資金と夫が残した遺産だった。
「取引していたのが地元の信用金庫だったため、都内で暮らすには不便なので、亡くなった父が口座を持っていた証券会社にお金を預けていた」
単なる資金移動のために利用しただけなのだが、証券会社の営業マンは、そんな事情はお構いなしに執拗な営業トークを並べ立てたという。
「株が上がっています。今、投資信託を買えば1年後には老人ホームを買ったうえに、息子さんにも遺産を残せるかもしれませんよ」
30代の営業マンの熱心な言葉に、500万円で投資信託を購入した。まだ相場が好調だったこともあって値上がりし、その後も勧められるままに投信を買い、結局は6200万円全額を投信に突っ込んでしまった。しかし、値上がりしていたのは購入から半年にも満たない期間だった。その後はほとんどのファンドが値下がりするばかり。
「新しいファンドが出たので、乗り換えませんか。悪いようにはしません」
不安になった母親が、担当営業マンに聞くとそう話したという。次々にほかのファンドに乗り換えたものの、サブプライム問題が本格化して、世界的に相場環境は悪化し、長塚さんが母親から相談を受けたときは、資産が半分近くに減っていた。驚いた長塚さんは、一刻も早く解約すべきだと伝え、母も同意した。ところが、「今売ったら老人ホームは買えませんよ。私も精一杯努力しますから頑張りましょう」という営業マンに逆に説得されてしまったという。