小林よしのり『戦争論』と左翼の欺瞞
【藤井】アンチ左翼の印象的な動きとしては、1998年に発売された小林よしのり氏の『戦争論』が挙げられますよね。ベストセラーになり、東大早慶の大学生協にもずらっと並んでいました。小林氏を見ていると、平成の保守主義がどう変わったのかがよくわかります。彼は戦後民主主義が欺瞞であると批判していました。
【辻田】当時はリベラルが強く、取りあえず反権力的なことをいっておけばいい空気がメディアにありました。それも、戦後しばらくは戦争の苦い経験があり、歴史的な根拠もありましたが、長く続くうちに「言論界で認めてもらうため」の発言に陥っていった。そんな戦後リベラルへの失望もあるでしょう。
【藤井】戦後リベラルあるいは戦後民主主義といってもよい、それらは生活保守主義と切り離せません。戦後民主主義の原点である、反戦平和主義にしても、イデオロギー的なものというよりは、もとは多くの人にとって戦争は嫌なものであり、自分の生活の安全を維持したいという生活保守主義と考えてよいでしょう。
それに対して、平成の時代、すなわちネオリベ化した時代にアップデートされたリベラルは、生活の安全を求める庶民の欲求や関心、その生活保守主義に対して冷淡であった。いや、それだけでなく、そうした欲求や関心を踏みにじる言説、本書では「自己責任論」として言及したネオリベラリズムの統治を促進する言説に加担することさえあった。こうした態度は、リベラル特有のエリート主義臭として忌み嫌われているわけですが、それはともかく、平成のリベラルは、生活保守主義に背を向けがちだったように思われます。
そこにつけ込む形で、一部のネット右翼は「外国人が自分たちの生活を脅かしていて、それを守るためにやっている。日本で孤独死する人が生活保護を受けられないのに、外国人が受けているのはおかしい」と主張しています。この主張が事実かどうかは別として、ある種の生活保守主義に基づいた訴えかけであることは確かです。
【辻田】雇用が安定しているときは、労働組合も重要な役割を果たしたのかもしれませんが、自分たちの雇用を守るために若年層の派遣労働や非正規雇用に同意してしまいました。生活の苦しい若者から見ると、左翼は「高齢者の既得権益集団」のように見えるでしょう。いっていることとやっていることが違うといわれたら反論できません。