日本では1年間に約10万人が「介護離職」を強いられている。身近な人が倒れたとき、介護のために仕事を辞めるべきなのだろうか。NPO法人「となりのかいご」の川内潤代表は「介護のために仕事を辞めるべきではない。『任せる介護』を徹底すれば、全員が満足する介護ができる」という。その実例を紹介しよう――。

※本稿は、川内潤『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。

大手総合商社の営業をしながら要介護5の妻を介護

「介護離職1年間で10万人」「介護で破産する親子が続出」……。最近、このようなニュースを目にしたことはありませんか。親と離れて暮らす方であれば、一度は自分事として考えたことがあるかもしれません。考えることを先延ばしにしている方もいるでしょう。

川内潤・NPO法人「となりのかいご」代表

でも、介護は正しい心がまえがあれば乗り切れます。ビジネスの現場で活躍されている方であればなおさらです。私は「任せる介護」を推奨しています。そのために必要なのが、みなさんのビジネススキル、つまり「マネジメント力」です。今回はこの点に絞って介護に役に立つ知恵をお伝えしていきましょう。

実際のケースを紹介します。大手総合商社で営業をしているビジネスパーソンの男性は、仕事をしながら要介護5の奥さんの介護を続けていました。

多くの人は仕事に支障が出ないよう、あえて会社には知らせず、自分でなんとかしようとしてしまいますが、彼は違いました。奥さんの身体が動かなくなることがわかっていたので、奥さんが働いていた段階から、働き方が制限されること、その準備をしていること、仕事を辞めずに介護をしたいと思っていることを会社に説明したのです。そのため、会社側もバックアップ体制の準備を早くにとれました。

「仕事を辞めたくない。力を貸してほしい」

彼は、自分が稼ぐことで、妻に必要なサービスを制限なく利用できるとわかっていたのです。担当のケアマネージャー(以下、ケアマネ)、自宅に通ってくれるヘルパー、訪問入浴サービスの担当者にも、「仕事を辞めたくない。力を貸してほしい」と、はっきり伝えたと言います。

その後、残念ながら奥さんは亡くなってしまいましたが、後日お会いしたとき、彼はこう言いました。

「もっとこうしてあげたかったという気持ちは、あれだけやっても残っています。けれども、その悲しみにずっとひたることなく、仕事に行ける。会社のみんなは、私が妻の介護をしていたこと、妻が亡くなったことを知っているから、いろいろ気をつかってくれるし、仕事をしているときは悲しみを忘れることができます。介護を通じていろいろな人とのつながりもできました。それも仕事を辞めずに続けられたからです」

彼の介護が後悔だけに終わらなかったのは、仕事を辞めずにマネジメントに徹したからです。自ら情報を発信するだけではなく、介護に関わる人たちのモチベーションを保つために、ケアマネやヘルパーを事あるごとにほめ、なににいくら必要かというお金の管理もしっかりこなしました。マネジメントスキルを介護に応用し、チームをうまく機能させたのです。