※本稿は、服部桂『マクルーハンはメッセージ メディアとテクノロジーの未来はどこへ向かうのか?』(イースト・プレス)の第1章「メディアのパラドックス」を再編集したものです。
公式晩餐会をかき乱す着信音
現在のデジタル・メディアによる変化は、まさに1960年代のテレビが引き起こした波紋を超えたインパクトを持ってわれわれの社会に押し寄せつつある。まだ誰もその全容を確認できるまで時間はたっていないものの、周りを見回してみると、そこにはこの記事が書かれたときのような環境激変の影響のせいではないかと思われる、奇妙な出来事がいろいろと起きている。
2000年11月14日付のロイターによると、英国のエリザベス女王は、バッキンガム宮殿内で王室のスタッフが携帯電話を持ち歩くことを禁止した。『サン』紙の伝えるところによると、女王は外国の要人との公式晩餐会などの途中にふいにかかってくる携帯電話の音に悩まされ、禁止措置を発令したとのことだ。宮殿のスポークスマンは「これは常識とマナーの問題で、世界のどの王室でも勤務中は禁止されている」と言っており、携帯電話の会社もそれに賛同するコメントを出している。
電話は貴族社会を破壊するメディア
携帯電話は従来の電話と違い個人に直接アクセスができるため、公務が私的な外部の影響を受けることになり、それをマナーで厳密に分けることも難しい。一般的にも公的な場所で携帯電話の利用を制限することは行われており、この話は一見もっともな措置とも思える。しかし、なぜ女王陛下が直々に携帯電話ごときに不快感を示し、公式に禁止令を出したりしたのだろうか。
実はバッキンガム宮殿とまったく同じようなことが、20世紀初頭にオーストリア・ハンガリー帝国の時代にウィーンにあるホーフブルク宮殿でも起きていた。
当時のフランツ・ヨーゼフ皇帝は、宮廷内に電話ばかりか電灯をも引くことを禁じ、自動車やタイプライターも使わせないという堅物だった。宮殿にアクセスするには、社会的にしかるべき地位にある人が、人的関係を通してふるいにかけられながら選別されていくものだが、電話は召使いの取り次ぎも招待状も関係なく直接的に物事を動かしてしまい、旧来のルールを一気になし崩しにする。皇帝の目にとって電話は、君主とどれだけの距離にあるかによって特権的な地位が決まる貴族社会のルールを破壊するふとどきな存在に映ったのだ。