経歴を詐称する人物は信用できない
神奈川県立がんセンターでは「先進医療」である重粒子線治療に取り組んでいる。この治療について、厚労省は施設基準として、施設責任者には1年間の療養経験が必要としている。だが中山医師は放射線医学総合研究所(放医研、千葉県)に3カ月出張した経験があるだけだった。中山医師は放医研で2年間、客員研究員を務めているが、大部分の期間を県立がんセンターで勤務しており、これでは基準を満たさない。この点を指摘された中山医師は「当該外部機関に確認した上で記載した」と説明したが、「経歴詐称」であることは明らかだ。だが、神奈川県はこの主張を追認し、申請書類を厚労省に提出した。
彼らの理屈が通用しないことは誰でもわかる。療養に従事しない客員研究員の期間を臨床経験に加えていいはずがない。それに、「確認」は、共同申請者である「当該外部機関」ではなく、厚労省に対して行うべきだ。
私は経歴を詐称する人物は信用しない。ほかでも嘘をついている可能性が高いからだ。多くの研究不正事件で、ひとつでも不正が見つかった研究者は、その後、数多くの不正が露見することが多い。
なぜ医道審議会で処分を検討しないのか
中山医師は、神奈川県立病院機構が開設した重粒子線治療センターの責任者になりたかったのかもしれない。だが、平気で「嘘」をつく無資格者に治療されては、患者はたまらない。厚労省に「嘘」をつくのだから、患者をだましていてもおかしくない。
この件を報告された厚労省は調査を開始した。無資格者の治療なのだから、本来、医道審議会で処分を検討すべきだ。2015年、聖マリアンナ医大の精神保険医の資格不正取得事件では、医道審議会での答申を受けて、3人が医業停止、15人が戒告となっている。
2014年に神奈川県立病院機構の理事長に就任し、中山医師の経歴詐称について知った土屋理事長は、外部から有資格者である野宮琢磨医師を招聘し、重粒子線治療科の部長に任命した。そして、中山医師が資格をとれるように、放医研での研修を命じた。
ところが、中山医師はこれに納得せず、退職。同調した若手医師も集団退職した。退職した若手医師にも、彼らなりの言い分があるだろうが、患者を見捨てたことは事実だ。世間知らずの医師たちの「わがまま」と見なすのが妥当だろう。
神奈川県庁にパワハラを調査する権限はない
どこも報じないが、招聘された野宮医師は、中山部長から「パワハラ」を受けていたことが明らかになっている。「報復を恐れた本人は届け出ずに我慢していた」(県立がんセンター関係者)が、予想外の方向に事態が進むのをみて、神奈川県の調査委員会に資料ととともに提出した。ところが、神奈川県はこのことを公表しなかった。
2月2日、神奈川県の不誠実な対応に業を煮やした土屋理事長は、県庁記者クラブで記者会見を開いた。そして、過去の経過を説明した。また、2人の副知事から辞職を迫られたことを明かした。
実は、神奈川県の問題はお手盛りの調査委員会だけでない。そもそも県立がんセンターは独立行政法人である神奈川県立病院機構が運営しているもので、神奈川県には一般指揮監督する権限がない。神奈川県庁にはパワハラを調査する権限も、副知事が理事長の辞職を迫る権限もない。その根拠は地方独立行政法人法だ。
同法の17条では、「職務上の義務違反があるとき」には、神奈川県知事が県立病院機構の理事長を「解任することができる」と明記されている。
他に介入できる点については、同法122条に規定されており、その条件は「法令若しくは設立団体の条例若しくは規則に違反し、又は違反するおそれがあると認めるとき」である。
独法に詳しい政府関係者は「パワハラは法令違反ではなく、神奈川県が独法に介入する理由にはならない。まして、副知事が理事長に退任を迫るなど論外」と言う。