ノルマの重圧に負け、横流しを始めた自動車ディーラー。濡れ衣の容疑で背任に問われたベテラン不動産マン。営業の最底辺で踏み潰される男たちの「地獄の叫び」を聞け。

自動車ディーラー山下剛の場合

「会社を辞めさせてください」

上司に短いメールを残したまま山下剛(仮名・32歳)は消息を絶った。売り上げ入金の締め切り日だった。その日、山下の手元には売ったはずの乗用車の代金500万円がなかった。会社は「横領していた。自殺をほのめかすようなメールだった」と、振り返る。それから1年後、彼は法廷に立つことになった。

大学卒業後、山下は大阪市内の自動車販売ディーラーに入社。営業成績はA~FのEランクだった。入社10年ともなれば車検ごとに新車に買い替える得意客を何人か抱えていなければならないが、昨年来の不況で業界全体が大打撃を受け、それも充分ではなかった。それでも会社はメーカーから課せられた重い目標を消化するために「とにかく台数を売れ」を合言葉に営業マンを追い込んでいった。

なぜ台数なのか。そこにはからくりがある。軽自動車とプレミアムカーでは営業店に落ちる利益はまるで違う。収益を重視するなら値引きで利益が吹き飛ぶ軽自動車で台数を稼ぐより、売上高を追うべきだ。しかし、メーカーは1台当たりの利益をはるかに上回る営業支援金を、目標を達成したディーラーに注ぎ込むことで、ディーラーをコントロールしている。目標は車種ごとに台数が細かく指定され、支援金は毎月上下する。それによって山下ら営業マンのノルマも変わるのだ。山下のノルマは平均すれば月6台程度だったが、在庫が過剰になると、さらにノルマが上乗せされることもあった。売れなければ休みも取れない。月に一度の休みを3カ月に一度にしても、夜中、早朝を問わず目標達成を強いる上司からの携帯が鳴り続けることもあった。

山下が不正行為に手を染めたのはそんなときだった。思いあまって買い取り専門業者に車両を持ち込んだのだ。買い取り業者にナンバーのない新車を持ち込むことは、中古車価格で新車を売るのと同じだ。買い取り業者の引き取り価格は新車価格より2割、場合によっては3割も低い。5台持ち込めば、確実に1台分の赤字が発生する。山下は1台目の赤字を2台目、その赤字をさらに3台目と、赤字を埋め合わせるため、いずれ手詰まりになることがわかっていながら新車を流し続けた。1年半あまりで、山下は買い取り業者に120台近い車両を売り渡した。