ノルマの重圧に負け、横流しを始めた自動車ディーラー。濡れ衣の容疑で背任に問われたベテラン不動産マン。営業の最底辺で踏み潰される男たちの「地獄の叫び」を聞け。
外資系金融ジョン・スミスの場合
昨年5月、外資系金融に米サブプライムローン破綻の波が襲った。デリバティブやワラント債を得意とするジョン・スミス(仮名・40歳)が勤める投資会社でも業務中に緊急招集がかかった。アメリカ人の支店長はこう告げた。
「本国では会社の存続も危うく、東京支店は事業を縮小しなければならない」
スミスらの通い慣れたオフィスは、東京都港区の高層ビルにあった。衝撃冷めやらぬスタッフ数十人がロビーに集まっていると、「ここに集まるな。ビルの外に出ろ」と、マネジャーがスミスたちを追い立てるのだった。通常勤務から解雇までに1時間もかからなかった。
本社はともかく、東京支店は日本で巨額の利益を挙げていた。彼は会社の役職以外に法務と財務あわせて5つの資格と肩書を持ち、金融情報サービスのニュースにも会社の顔としてたびたび登場し、営業の一翼を担った。しかし、それが会社に評価されていたわけではなかった。
「外資は日本より泥臭い。ゴロツキの集まり」と、彼は振り返る。
外資の営業とはどのようなものか。商談が踊るのは夜だった。銀座が日本企業の社交場であるとするなら、外資系金融の社交場は六本木にあった。名門レストランでの食事、ポールダンスのあるクラブ接待で、毎日100万円以上の接待費が計上された。最後は風俗込みの接待で、それが何回できるかということがビジネスを成功させる“指標”だった。