ここで、異変に気付いた。壁の時計の針だ。午後5時を回っていた。
ん? ここは駅から300メートルほど。集合した午後4時半からは、まだ10分ほどしかたっていないのに……。
店内には角打ちを楽しむ6〜7人の常連客。そのなかでも年配の男性客が教えてくれた。
「ここはな、時間が20分進んどるったい(進んでいる)」
首の後ろまで真っ赤だ。日ごろは「工場で働いとる(ている)」というが、この日は「休み」。「俺ら、いっつも深酒で遅くなるけ(から)、早めに家に帰ってね、ちゅー(という)店の気配りたい(です)」と説く。酔っぱらうと時計の針が進んでいることを忘れるらしい。
われわれは軒先のテーブルに鎮座し、冷ややっこ(100円)や焼き鳥(150円)をつまみにラガービールで乾杯した。飲み物は、店の冷蔵庫から取り出すセルフサービス。代金はその都度払う。1時間ほど飲み、代金は割り勘で1人600円だった。
コーヒー焼酎をクイッと
角打ちはハシゴが定番だ。次に向かったのは創業100年を超える「宮原酒店」。
店内を見渡すと、さっきの店にいた男性客が……。
「さっきはどうも……」
「えへへ」
「あんたも好きやねぇ」
ばったり旧友に会ったかのような感覚だ。
すると、隣にいた初対面の男性が、ぎゅっと握手してきた。見るからに筋肉質だ。痛い痛い。力が強すぎる。そして突然、脈絡のないエールを送ってきた。
「おまえが頑張るなら、俺は全力で応援するぞっ」
すでに完全な酔っぱらい状態だった。
そうかと思うと、店の居間ではリーゼントヘアの男性客(45)がテレビを見ながら、不思議なものを飲んでいる。2リットル入りペットボトルのウーロン茶のようだが、何と「コーヒー焼酎」だという。
店で買った麦焼酎をペットボトルに注ぎ、コーヒー豆を入れること1週間。琥珀(こはく)色に染まったころが飲み頃とか。一口いただくと、大人のほろ苦さとコーヒーらしい香ばしさが口の中に広がった。
「おいしい」と声をそろえる社長たちを横目に、男性は「指マドラー」と称して人さし指でグラスの中の氷をぐるぐるぐる。ロックで立て続けに3杯を飲んだ。
ペットボトルの酒は店の棚に置いておき、仕事が終わると毎日飲みに来る。「午後4時ぐらいからウズウズする」らしい。