「花を早く売り切る」のは、無駄の削減につながるだけではない。新鮮な花をいち早くお客に届ければ、買った後の花持ちが長くなり、お客の満足度が上がる。当然リピート来店が増加する。保冷ケースに入れれば店での日持ちはよくなるが、長く店に置いた分、お客のもとでの持ちが悪くなる。そんな花ではお客は離れてしまうだろう。そして今までは、それがごく当たり前の生花店の姿だった。
「青山フラワーマーケットの強みは、他店とまったく違う『第三の花屋』のカテゴリーを創出したこと」と語るのは、一橋大学大学院の大薗恵美教授だ。大薗教授は、経営学者マイケル・ポーターの名を冠した「ポーター賞」の運営委員会メンバーの一人。同賞は独自性のある戦略を確立した企業や事業を評価する賞で、青山フラワーマーケットはユニクロなどと並び、09年にポーター賞を受賞している。
「生花店は、日比谷花壇や第一花壇のように法人顧客をメーンターゲットにした企業と、仏花やギフト需要対応の街の花屋さんとに二極化しています。その中で、青山フラワーマーケットはターゲットを個人客に絞り込み、商品も日常使いの花に特化しました。非常にユニークな戦略です」(大薗教授)。
同チェーンの「個人客向けの日常使いの花」へのこだわりは徹底している。チェーン展開をしているのに、生花の仕入れは本部ではなく各店に裁量があり、店の立地に合わせた花が店頭に並ぶ。高級住宅街が近ければ、リビングや玄関で見栄えのする大ぶりの花を増やし、若年層の通行量が多ければ、グラスに挿せる小ぶりのブーケを目立たせるという具合だ。他の生花店で必ず常備されている高額な胡蝶蘭の鉢植えを置かないのは、「日常使い」ではなく、また在庫ロスを避けるためでもある。
立地は駅改札から3分以内で通行量の多い場所に限られる。これも「売り切る」ための必須条件だ。ビル内であればファッションのフロアではなく、カフェや生鮮食品、生活雑貨などを扱う店が立ち並ぶフロアが主。特別な日だけでなく、日常的に足を運んでもらう工夫がこういうところにも仕掛けてある。
「もう一つ、青山フラワーマーケットの好調を支えるのは、消費者の衝動買い需要を掘り起こしたことです。普段花を買わない人が『ここで買って帰ろうか』と思えるのは、とりあえず小さなブーケを買って手持ちのグラスに挿せば様になる手軽さがあるから。食事に例えれば、外食でもなく、家で作る内食でもなく、コンビニのお弁当と同じ『中食』ですね。衝動買い需要は、本来非常に難しいマーケットですが、この中食の発想と、ブランドイメージのよさによってお客に与える安心感が、成功につながったのでしょう」(大薗教授)
多くの小売店では、08年のリーマンショックが大きな打撃となった。生花店も例外ではなく、とくにギフト単価の低下や法人需要の落ち込みが、売上高に大きな影を落としている。ところが青山フラワーマーケットにその陰りは見えない。
「好況で企業が贈答用の高価な花にどんどんお金を使う時代であれば、法人対応をほとんどしていない青山フラワーマーケットの戦略で、収益が急激に伸びることはないかもしれません。しかし、客層を個人、しかも普段使いに絞ったことで、逆に不況に強くなりました。スターバックスのコーヒーが290円と考えれば、1週間部屋に飾れる350円のブーケは決して贅沢ではないはず。不況期にも強い戦略といえるでしょう。そしてそれを実現しているのは価格の安さです。青山フラワーマーケットが参入してから、他店も一斉に花の単価を下げたほど。なぜ、そんな安い価格設定が可能かというと、客層に合わせた的確な仕入れを行い、花の回転率を高めて廃棄を抑えているから無駄がない。だから今までよりも安く花を提供することが可能になるのです」と、大薗教授は説明する。