移ろわない現場の経営能力とは

こうした移ろいやすい労働市場の国で安定した生産活動を行うのは、決してやさしいことではない。したがって、現地の工場の生産システムを、いかに自動化して熟練に頼らずに済むようにするか、人手を使う場合にはどれだけシンプルな作業だけにできるか、そうした生産技術上の工夫が日本企業の国際展開の共通の鍵要因となっている。今回見た工場の大半で、生産機械は日本で使っているものと変わらないものが多かった。

つまり単純化して言えば「生産技術の移転を機械を通して行う」のである。したがって、投資はかなり重くなり、現地の生産性を決める最大の要因は、運転上のロスをいかに小さくするかになる。つまり、機械のダウンタイムが生産性を悪くする大きな要因となるので、いかに機械が止まらないような操作と材料にできるか、機械が止まったときの修理や保全などをいかに早くできるか、それが現場管理の鍵になる。

そのためには、じつは細かな現場管理、人的管理の工夫を積み上げる必要が出てくる。それを実践できるよう現地の管理者を指導すること、さらには彼らの一部が幹部として育ってくるキャリアをきちんとつくること、それが日本から派遣された人々の最大の仕事になる。つまりは、現場の経営能力である。そのためにはもちろん現地の人々との言葉によるコミュニケーションも大切だが、なによりも日本の企業の現場管理のあり方の原理的なよさを十分に理解したうえで、それを現場でボディランゲージを使ってでも伝え、実行してもらう能力が鍵となる。

それができるのは、決して現地の言葉に堪能な人でもなければ、国際経験の豊富な人でもない。もちろん言語や国際経験はプラスになるが、本当に必要なのは現場を管理できるリーダーシップである。いいことはいい、悪いことは悪い、それを感情的にではなく、合理的に伝えられる人である。象徴的に言えば、背中で伝えられる人である。頑固親父の工場長が東欧の現場で求められている。背中は国際言語なのだ、と今回の旅で改めて感じた。

この第2の鍵要因(経営能力の移転)がじつは第3の鍵要因につながる。「海外現地法人を経営人材育成の道として重視する」という鍵要因である。現地法人の経営経験を通して、日本企業の次の世代を担う人材が育っていくのである。それは、日本から現地への経営能力の移転プロセスが、それを担当する人々に移転だけでは終わらない経営経験の場となっているからである。

もちろん、海外経営経験だけが重要と言うつもりはない。しかし、日本とはまったく異なる環境で工場や事業を立ち上げる経験がいかに豊かな経験であるかを、今回の旅の間にしばしば感じた。しかも、40代後半を中心に、立派に現地の経営責任者をやっておられると感じさせられる方が多かった。なによりも、彼らの顔つきがいい。中には、ポーランドの国営企業を買収した後、その工場を立派に稼働させるまでの経営を行う経験をした方もおられた。

移ろいやすい労働市場での移ろわない経営能力の大切さ。その経験が人を育てるのであろう。