フィリップ・トルシエ

1955年、フランス・パリ生まれ。6人兄弟の長男。実家は精肉店を営んでいた。母国でのプロ生活の後に指導者に転向。フランスやコートジボワール、ナイジェリアなどで実績を上げ、98年から2002年までサッカー日本代表監督を務める。ワールドユース準優勝、シドニー五輪ベスト8、アジアカップ優勝、コンフェデレーションズカップ準優勝、そして02年のワールドカップで初の決勝トーナメント進出と、数々の実績を誇る。現在はJFL・FC琉球の総監督。自身のサッカー観、日本のサッカー事情を語った著書も多数ある。


 

私の趣味は骨董品の収集で、青山の街の散策が好きです。そんな街の静かな一角にこの「アディング・ブルー」はあります。料理も美味しくて、もてなしも温かいのですが、木をふんだんに使った店内の感じが気に入っています。こういう店で食事をすると、いいインスピレーションが得られそうでしょう。次の試合での選手の起用法とか、コーナーキックのパターンとか。クラブの会議室にはない効用です。アイデアが湧けば、フォークをペンに持ちかえて、遠慮なしにメニューやテーブルクロスに図を描いてしまいます(笑)。

昼食はそばが多いですね。ヘルシーで、午後の仕事がはかどります。「室町砂場」は店の雰囲気がいい。木の香り、出汁の匂い。そばを味わう客の様子も素敵です。だから、パリやロンドンではそば屋を探さないし、自宅でも食べません。日本のそば屋でそばを啜ることに価値があります。箸で、器用に啜りますよ。そばを上手に食べることは優れた文化だと思います。

ただし、音を立てて啜り込む技術は相当に難しい(笑)。そばが肺に入る感じになったりね。うまく啜れず、雰囲気を壊すようで周りの方々に申し訳なく思っています。鋭意、特訓中です。

サッカーチームには「ともに生きる」という統一感が必要です。ピッチ上のことも重要ですが、人間関係はピッチを離れたところにこそある。

10回の練習よりも1回の食事会が有効なこともあります。私は選手のことを“子どもたち”と呼ぶくらいで、親が子どもの食事を心配するのは当然です。彼らの力が最大限に発揮できる食事をいつも考えています。

そういう意味では、日本食はサッカーチームにとって素晴らしい。栄養的にバランスがよくてヘルシーで、メニューに統一感がある。ご飯、味噌汁、漬物にメーンディッシュ。ご飯は肉、魚、炒め物、煮物、なんでも合います。優秀なガソリン源である炭水化物(ご飯)が自然と、しかも豊富に摂れるメニューです。

ゲン担ぎは好きです。勝ち試合に着たスーツを着続けたり、フカヒレスープを夕食に食べ続けたり。でも、ゲン担ぎは準備や練習をすべてやり切って、プラスアルファーでやるべきものでしょう。全力を出し切るためのリラックスの方策になればいいのです。

自分を顧みれば、肉屋だった父は栄養価の高いローストビーフの肉汁を飲ませてくれたし、母はいつでも美味しい朝食を作ってくれました。それをリラックスしながらしっかりと食べる。安心して全力で課題に向かうことができます。自分はそうやって成功してきた。食事には、人間が持っている力を最大に発揮させる、なにかがあるのです。