改憲は国民にどんなメリットがあるのか

一方、維新は「一丁目一番地」と最重視する統治機構改革が改憲構想の柱で、先述のとおり地方自治改革、教育無償化などを唱えている。だが、率直なところ、安倍首相や自民党とは、根っこの憲法観で大きな開きがある。特に地方自治制度の維新流の大胆な改革案を容認すれば、中央集権体制維持が本音の霞が関の官僚機構の抵抗が予想される。政官連携による政権維持を重視する自民党には高い壁だ。自維も「同床異夢」の感がある。

各党の協議やすり合わせによって「一致する改憲案」ができ上がる情勢からはほど遠いが、論点整理で、もしかすると各党が歩調を合わせるかもしれない項目がある。現憲法の不備の一つといっていもいい緊急事態条項だ。東日本大震災級の大災害が襲ったとき、たとえば衆議院の解散や参議院議員の任期満了とぶつかると、立法機関が役割を果たせず、議会制民主主義が機能不全に陥る。現憲法には緊急事態を想定した規定が欠如している。

ただし、緊急事態条項に関しては、憲法で緊急時に国民の基本的人権を一時的に制限して行政府への権限の集中を認める規定を、という主張もある。公明党の北側氏は「後者の緊急事態条項は不要」と唱える。維新の小沢氏も「基本的人権に手を付けるような条項の新設は難しい」と言う。ということは、基本的人権の制限を含まない緊急事態条項の新設であれば、すり合わせの結果、各党の足並みが揃う可能性がある。

短期間に策定されたこともあって、現憲法には不備や欠陥が存在するのも事実だ。施行後、70年が経過し、時代の変化や新しい社会に対応し切れなくなった部分もある。それらの点の改廃、修正、補完を拒否する理由はない。緊急事態条項もその一つだろう。

各党が一致する緊急事態条項が策定され、改憲の発議に付して国民投票に、と進めるのは間違った選択ではないが、大きな疑問が残る。重要な問題とはいえ、緊急事態条項の新設だけで国民投票を実施して、国民の多くが強い関心を示すかどうかだ。

『安倍晋三の憲法戦争』塩田 潮(著)・プレジデント社刊

改憲で国論が真っ二つに割れ、「国の分裂」を招くといった事態は回避すべきで、多くの国民が一致して賛成できる改憲案の用意を、と説く人も多い。反対に、大きな政治的エネルギーを要する改憲は、人々が大きな関心を寄せ、国中で幅広い議論が沸き起こり、国民の間で改憲ムードが盛り上がらなければ、実現は難しいという意見も根強い。緊急事態条項というテーマで、議論が沸騰し、改憲ムードが高まるかどうか。

安倍首相は1月20日、国会での施政方針演説で、憲法について、「自らの未来を、自らの手で切り拓く」「私たちの子や孫、未来を生きる世代のため、……日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため」と強調した。「未来志向の改憲」は正しい方向である。だが、それには「社会や国民生活についてどんな未来像を」「そのためにどのような国に」という根幹のビジョンの論議が不可欠だ。

国会が改憲案を提示するなら、改憲によって国民が具体的にどんなメリットを手にできるのか、そこを明確にしなければ、国民は耳を貸さないだろう。一方で、国民は施行後の70年間で現憲法によって手にした多大なメリットを皮膚感覚で知っている。それを失う危険性があれば、損失と、新たに手にするかもしれないメリットを秤に掛け、慎重に判断するに違いない。政治は国民の「損得勘定」に耐えられる改憲案を用意できるかどうか。

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