「あいつはcontravertial(議論に巻き込む)な男だ」
井上氏がちょっと意外に感じたのは、トランプ氏が「映画監督になりたかった」「S・スピルバーグ監督の映画は全部好きだ」と明かしたことだった。「私の人生は芝居みたいなもの。自分より格上の人をどれだけキャスティングし、使えるかがカギだ」とも。「俺は、成功のためには他人のフンドシも使った」と強調する青木氏と、「目標が高ければ高いほど、それを成し遂げるには1人ではなくいろんな人の出会い、協力が必要。それらを利用しない手はない」とするトランプ氏。よくも悪くも成熟度の高さに加え、凄腕ビジネスマンや暴言王というイメージとは裏腹な深い人間味も感じたという。
「もてなされる側なのに、ロッキーの皿に自らステーキを切り分けて勧めたり、何人ものウェイトレスにさりげない笑顔で10ドル札、シェフにも20ドルのペティキャッシュ(チップ)を手渡していたのを見て、あの富豪も小金を大切にするのか、細やかな気を遣う人なんだなと思ったのを覚えています」
青木氏を「米国で成功した唯一の日本人」と持ち上げるなど、他人の気持ちを気遣う繊細さ、愛情の深さが垣間見えたとか。
「そうでなければ、あんな美人の奥さんは貰えないし、娘・息子もちゃんと育たないのでは(笑)」
2~3時間の会食を終えて自宅へロールスロイスで帰宅する途上、運転席でハンドルを握る井上氏に、青木氏が後部座席から話しかけてきたという。
「『俺は、あいつにはとても敵わない』と落胆していたのをよく覚えています。ロッキーもビジネスの天才でしたが、あれほど打ちひしがれた様子は初めて見ました。『あいつはcontravertial(議論に巻き込む)な男だ』とも。つまり、あえて本来の意図とは異なる言葉を吐いて議論をふっかけ、そこからビリヤードのように突く角度を変えつつ狙った穴に落とす。正・反・合という弁証法のプロセスや、禅問答とも非常に近いものです」
青木氏は、「トランプは、このビジネス手法の天才だ」とも言っていたという。
「天才は天才を知る、ということでしょうか。今回の選挙戦中の派手な言動は、そういった側面からみると、非常に興味深い」
日本に限らず世界的な影響力のある権力者。その実像について、マスメディアを通じて幾重もの又聞きばかりきかされる中、貴重な証言のひとつといえそうだ。