特に重要なのが逸話リードとナットグラフだ。WSJ出身のリチャード・トーフェルは自著『レストレス・ジーニアス(Restless Genius)』の中で「逸話リードとナットグラフの二概念を発案したのはバーニー・キルゴアとビル・カービー(キルゴアの右腕)」と書いている。今では雑誌も含めたアメリカ報道界全体で、逸話リードとナットグラフのスタイルは広く採用されている(キルゴア改革については『レストレス・ジーニアス』のほか、エドワード・シャーフ著の『ワールドリー・パワー』が詳しい。シャーフ本では邦訳『ウォール・ストリート・ジャーナル  世界をめざした非凡と異端の男たち』(笹野洋子訳、講談社、1987年)も出ているが、絶版のもよう)。

リードの実例を示そう。2011年1月24日付のWSJは一面で日本の「工場萌え」をテーマにしたフィーチャー記事を掲載している。掲載場所は、ちょっと風変わりで飛びきり面白い話題を取り上げる「Aヘッド(A-hed)」だ。ヘッドのつづりが「head」ではなく「hed」であるのは、造語だからだ。

「見出しの形がアルファベットのAに似ている」を意味するAヘッドは、2007年の紙面改革以前は左から第四列の上方、すなわち一面のど真ん中に置かれていた。リーダーと並んでWSJ流フィーチャー記事の真骨頂であり、生みの親はキルゴアだ。

原文を翻訳してみると、「工場萌え」の書き出しは次のようになる。

四日市(日本)発─高価なカメラ機材を抱えながら、貸し切りバスに乗り込む一団は、典型的な旅行者集団に見える。ところが、彼らの興味の対象は、この町の有名な陶器でもなく、静かな茶室「泗翠庵(しすいあん)」でもない。目当ては、もくもくと煙を出す巨大な発電所だ。

何しろ、彼らは全員「工場マニア」なのだ。観光目的で日本の主要工業地帯を訪問し、発電所のほか石油精製所なども見て回る予定だ。長らく「目障り」と一蹴されていた工場の構造美にうっとりするのである。

今回の四日市バスツアーでは、参加者は液化天然ガスのタンクを見て大はしゃぎした。

「青空を背景にすると素晴らしい眺めでしょう?」─こう語るのは、電気部品メーカーの営業担当者として働いている女性ツバサキ・ナオミ(39)だ。彼女は月に一度は工場観光ツアーに参加するという。

その後、一団は貨物列車の集結地を訪問。そこではセメントを運ぶ列車がガタガタと音を立てながら横切っている。一団は一斉にバスから飛び降りて、シャッターを切った。背景にあるのは工場だ。

以上の五段落がリードである。一般的なニュース記事で使われる逆ピラミッド型のリードとは似ても似つかない。

「逸話リード」と呼ばれるように、ミソはリードで使う逸話だ。衝撃的であったり、奇想天外であったり、物語として十分に面白くなければならない。同時に、記事が伝えようとしている内容を象徴している必要がある。

1980年代の後半にニューヨークのコロンビア大学ジャーナリズムスクールに留学していた時、私は指導教官のブルース・ポーターからフィーチャー記事の手ほどきを受けた。彼がリードについて次のように語ったのを今も鮮明に覚えている。

「一本の記事を書くのに100の労力をかけるとしよう。私の場合、100のうち50はリードのネタ探しに使う。インパクトがあるネタを見つけるためだけに、一週間以上かけることもある」

たったの一段落しかないリード(前文)にこれだけ労力をかけるのか─。ポーターの授業では初めて聞く話が満載だった。

私には日本の新聞社でしか勤務経験がなく、フィーチャー記事の書き方について体系的に学ぶ機会がなかったからだ。繰り返しになるが、日本の新聞社ではストレートニュースを書ければ一人前なのである。ストレートニュースには「A社とB社が近く合併で合意する」といった特ダネも含まれる。