社会主義計画経済を支える前提の一つが、人間には完璧に未来を予測して経済を計画する能力が備わっているという仮説。しかし、完璧な予見能力は人間に備わってはいない。70年代末、経済企画庁(当時)が、為替レートの予測をするためにと世界モデルの構築を開始した。何百、何千元もの連立方程式を推計し、為替レートの予測を試みたのだが、めぼしい成果が出なかった。

価格、供給、需要の3つの変数の間には相互依存関係がある。社会主義国家では、価格と供給量を政府が決めることができるが、個々人の欲望と価格に依存して決まる需要量は、政府による制御の埒外にある。その結果、過剰と不足は避けられず、計画経済は破綻を余儀なくされる。それゆえ、神ならざる人間の予見可能性を前提とする社会主義計画経済やケインズ派の営みは“理性の濫用”に過ぎない、とハイエクは糾弾した。

要するに、ハイエクは「市場を制するに足りるほど人間は賢明でないのだから、問題解決を市場に委ねておくのが次善の策だ」と主張したのだ。注意すべきは、積極的に市場万能論を唱えているのではなく“セカンドベスト”として市場に委ねるべきだと主張している点である。

長い不遇の時代を経た後、ハイエクは74年にノーベル経済学賞を受賞する。79年に英国でサッチャー政権が誕生すると、それまでの福祉重視から市場主義に基づく政策への転換が図られる。そして、さまざまな規制緩和策が打ち出され、英国経済が立ち直っていくなかで、ハイエクに対する評価は高まっていった。その間においても、ケインズ派の経済学者たちの主張に揺るぎはなかったのである。

どの経済学派が主流派になるのかは時の政権の政策で決まる。80年代から2008年の夏頃までは、新古典派が主流。世界同時不況の勃発でケインズ派が蘇生。今、日本の経済学者たちは新古典派からケインズ派への乗り換えに大わらわである。

(構成=伊藤博之)