接待なんて、何の役にも立たない

【白河】カルビーは現在、トルコ人の女性や中国人の男性の取締役と4名の女性執行役員を抱えているそうですね。時短の女性本部長や女性の工場長も誕生しています。女性が活躍するとき、その育成、昇進、活躍の時期と「出産子育て期」が重なり、働く時間に制限がでる……。そこが一番の問題ですが、そこはどういった解決法があるのでしょうか?

【松本】ライフイベントで時間が制限されるのは、そのときだけですよね。ひとつは制度をよくしないとダメです。もうひとつはメンタリングです。時短で本部長をしている本人に対しては、「あなたに対しては1つだけ命令する。これだけは絶対守れ」言っています。「4時に帰れ」ということです。特殊なとき以外は、4時に帰れと。そうしないと、家庭と仕事は両立しないんです。

全社員に対しても同じことを言っているんですよ。会社は成果を求めているが、時間なんか求めてないんです。就業時間なんか決めるなと。みんな朝早く来て、もっと早く帰れと言っています。

工場の人の多くは時給ですから自由に帰られては困りますが、そもそもWagedとSalariedというのは違うものです。Salariedは、要するに成果を求めているので、仕事が終わったら昼の12時でも1時でも帰ったらいい。あとの時間を何に使うか、そこは個人の自由ですが大事なところです。趣味や家庭のことや勉強をもっとすればいい。カルビーの社員には、グリコじゃないけど1粒で2度美味しい一日を味わってほしいんです。

【白河】素晴らしいことなのですが、なかなか「長い時間働くことをよしとする文化」という「慣行」は消えません。ジョンソン・エンド・ジョンソンでは残業手当を廃止されて、効率が上がったとそうですね。

【松本】本当はね、残業手当なんか廃止するといいんですよね。廃止したら、みんな必要なとき以外は残業しなくなる。集中するし、成長します。朝から晩まで働いていたって、人間、成長なんかしない。夜遅くまで働いて、どこかの取引先と飯食いに行ったって何の役にも立たないんです。

お客さんと食事をするというのは、日本人の戦後にできた悪い習慣なんですよ。月給が安い。だから交際費で取り返してやろうという文化。僕は会長ですが、客先と食事することなど半期に1回あるかないかです。アメリカの会社に移ったときからほとんど止めました。やはりアメリカの会社の経営は理にかなっている。余計なことはやらないんです。

【白河】全社にこの「ダイバーシティ」を基本として「変わらなくてはいけない」という概念を浸透させるには時間がかかるのでしょうか?

【松本】時間がかかる、長い旅路となるのは覚悟の上です。それはやっぱり1人ずつ、話をしていくしかないんです。ダイバーシティフォーラムをやったり、地域、職場単位であらゆるミーティングをやったりしていると、だんだんわかっていく。ある程度「理解」しているところからコミットしてもらう。すると意外と人間、ちゃんと「行動」に移すんですよ。やればうまくいった、気持ちがいいということになれば、そちらの方が当たり前になっていくんです。こっちの水は甘いぞと何度も伝えて、徐々にひきよせるんです。

僕は正しいことを正しくしかやらない。何が正しいかはよくよく考えて決めて、それをやる。ダイバーシティに関しては、何の迷いもなかった。よし、やろうと。だってゴルフでも右手だけで打てますか?打てないでしょう? 当たるかもしれないけれど飛ばない。左手一本でも同じです。両方使わなければダメに決まっています。僕なんか両方使ったって下手くそなのに、そんな当たり前のことを議論する余地もないと思います。

カルビー 代表取締役会長兼CEO
松本 晃

1947年、京都市生まれ。京都大学農学部修士課程修了。72年4月伊藤忠商事入社。医療機器販売の子会社を経て、93年ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人へ。同社の社長、最高顧問を歴任。2008年カルビー社外取締役に就任後、09年6月より現職。

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授、経産省「女性が輝く社会の在り方研究会」委員

東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。「妊活バイブル」共著者、齊藤英和氏(国立成育医療研究センター少子化危機突破タスクフォース第二期座長)とともに、東大、慶応、早稲田などに「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」をボランティア出張授業。講演、テレビ出演多数。学生向け無料オンライン講座「産むX働くの授業」も。著書に『女子と就活 20代からの「就・妊・婚」講座』『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』『婚活症候群』、最新刊『「産む」と「働く」の教科書』など。

撮影=的野弘路