※本稿は、井原裕『精神科医が発達障害・いじめ・不登校に悩む親に伝えたい わが子のこころの見守りかた』(ウェッジ)の一部を再編集したものです。
薬を飲んでも「発達」はしない
発達障害に伴う逸脱行動は、大人へと成長していくにつれてほとんどが自然と解消していきます。
ところが昨今、「発達障害」という言葉が一人歩きしてしまい、あたかもその行動特性が永続するかのように誤解して、「治療」の名のもとに強引に薬剤をもって矯正しようとする危険な発想が台頭してきました。
発達障害は薬で治すものでも、治るものでもありません。成長とともに目立たなくなるのです。それなのに薬を飲ませて、親切にも「治療」しようとするケースが見受けられます。
本来その多くは大人のための、それも統合失調症のために開発された薬なのに、それを成長途上の小中学生に飲ませようとします。「親切」というより、「大きなお世話」というほうがよさそうです。
発達障害と診断された子どもの大半は、薬なしでも、おのずと彼なり、彼女なりに発達していきます。
その一方で薬を飲めばその発達を後押しできるのかと言えば、そうではありません。興奮を鎮めたり、夜の眠りを促したりすることはありますが、使い方を間違えれば、不自然な鎮静をもたらし、表情の乏しい、覇気のない姿になることもあります。
一時的に使うならまだしも、長期にわたって漫然と使うものではありません。発達障害児に対する長期投与に「弊害はない」と断言できる根拠はありません。
そうした意味で、私は原則として、子どもの発達障害に薬はほとんど使いません。学会でも強引な薬物療法に対しては警鐘を鳴らしています。
薬の使用は最小限に留めるべき
私はよく「薬を使わない精神科医」といわれます。しかし、正確には「薬に頼らない精神科医」にすぎません。時と場合によっては、薬を使います。発達障害に伴う興奮、癇癪、こだわりなどに対して補助的に薬を処方することはあります。けれども、それは一時的です。
嵐の時期が過ぎれば、薬は速やかに減量して、中止します。薬は発達障害児を健やかに育てるものではありません。
薬を使ってはならないというつもりはありません。使っていいでしょう。ただ、その使い方はあくまで「必要な患者に、必要な量を、必要な期間に限って」というポリシーが必要です。最小限に留めるべきだと思います。
それはなぜか――。
発達障害の問題行動は年々目立たなくなり、多くはオプティマル・アウトカムと言われる「それなりの適応」に落ち着きます。対人状況の経験を積んで、「無益な争いは避けよう」「波風立てても仕方ない」「わかってくれない人もいる」、そう気づくようになります。
つまり、彼ら、彼女らも大人になります。分別というものができてきます。問題行動に対して薬を使って力ずくで治そうとする必要はありません。

