返還を促す国際原則に法的拘束力はない
戦後、「ベルリンの街の風景」は、ベルリンの郊外にあるブリュッケ美術館に展示されていたが、元の所有者でコレクターであったアルフレッド・ヘス(1879─1931)のロンドン在住の孫、アニタ・ハルピンが2006年に返還請求訴訟を起こした。
ハルピンが返還請求訴訟を起こしたのは、「ナチスに不当に略奪された美術品を所有している美術館は、正当かつ公平な方法で返還への解決をみつけること」を趣旨とする1998年のワシントン原則が採択されたことに勇気づけられたのであろう。44カ国が合意したワシントン原則の採択以降、かつて美術品を略奪された元コレクターや所有者が名乗りをあげるケースは多数あった。
しかし、ワシントン原則で合意された「正当かつ公平な方法で返還への解決をみつける」とは実際にどういうことなのか。この原則には法的拘束力がなく、返還は進んでいないのが現状だ。ワシントン原則は「ソフト・ロー」として美術館関係者たちに倫理的判断を求めるもの以外の何物でもない。
売却の理由は財政難か、ナチスの迫害か
「ベルリンの街の風景」の返還請求をめぐる論争の争点は、単なる財政難から売却せざるを得なかったのか、それともナチスによる排斥のためであったのか、である。
つまり、ナチスが政権を奪取する以前に亡くなったヘスの遺族が1929年の大恐慌の影響を受けたため、財政難から作品を売却したのか、それとも1933年から厳しくなったユダヤ人迫害、脅迫を受けたために売却せざるを得なかったのか、という点である。
結局、「ベルリンの街の風景」はハルピンに返還されたのち、クリスティーズの競売にかけられ、破格の価格で落札された。現在はニューヨークのノイエ・ギャラリーにある。
メンデルスゾーン家の子孫たちは、そもそも自分の祖先がドイツ有数の銀行家であったという事実を知ってはいても、美術コレクションを所有していたことを知っていた者はいなかった。
ショップスが一家の美術コレクションの存在を知ったのはカナダ人のゴッホの専門家、ボゴミラ・ウェルシュ=オフチャロフから偶然、伝えられたときで、それをきっかけとして調査がはじめられた。

