中国はなぜ、海外に流出した美術品の回収を急ぐのか。欧米の競売では中国人富豪による買い戻しなどが進み、美術品や文化財が中国へ戻ってきている。ジャーナリストの福田直子さんが、文化財の返還を重視する習近平政権のもと、「博物館大国」を目指す中国の動きと、その背景を解説する――。(第2回)

※本稿は、福田直子『略奪美術品の行方』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

中国国家博物館西門
中国国家博物館西門(写真=xiquinhosilva/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

50年で4倍以上に増えた博物館

今日、博物館や美術館は世界中から一般人が訪れるいわば「公共の施設」となった。

美術館の主な役割とは、「収集、保存、研究、教育、展示」である。それに加えて美術品の「来歴調査」は避けては通れない課題となった。美術館のキュレーターの仕事も多様化し、その一方で一部の環境主義者にとって「抗議をする場所」となることもある。

約100年前、ボストンの美術史家、ベンジャミン・ギルマンは、著書『博物館の理想と目的、方法論』(1918年刊)で、「キュレーターたちは聖なる目的を持つべき」と説き、「美術品はその美しさだけを見せれば充分で余分に説明することは不要」とした。

しかし、それから100年あまりのうちに、美術館のあり方も変化した。美術館はギルマンが理想とした「美の殿堂」というよりは、「美の消費者たち」によって大衆化し、「娯楽を提供できる場」としての要素も求められている。

ユネスコ(国際連合教育科学文化機関、本部はパリ)によると、世界には約10万4000館の博物館(および美術館)がある(2021年統計)。1975年の約2万2000館に比べると4倍以上の数だ。そのうち3分の2ほどが西ヨーロッパと北米に集中している。

一国が有する博物館(美術館)の数としてはアメリカが約3万3000館と抜きんでている。第二次世界大戦後の経済力に応じて、旺盛な購買力と裕福なコレクターによる寄付などで美術館の増設、拡張を続けてきたためだ。

大規模美術館が抱えている問題

ある程度の規模を誇る美術館はどこも略奪美術品がある可能性がある。むろん、アメリカの美術館でも略奪美術品の問題は健在だ。

ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)は、戦後、ジェームス・ロリマー館長(在職期間:1955─1966)とトーマス・ホヴィング館長(在職期間:1967─1977)によって世界的に知られるMETが作りあげられた。

元モニュメンツ・メンとしてナチス略奪美術品の回収に努めたロリマーは、レンブラントの名画「ホメロスの胸像を見つめるアリストテレス」(1653年作)をはじめMETのコレクションに話題の新規購入作品を加え、METへの年間訪問者を200万人から3倍の600万人に増やすことに貢献した。

しかし、METを世界的な美術館に押しあげることに最も貢献したのはホヴィングだろう。コレクションをさらに充実させただけでなく、イスラム、エジプト、アメリカ、アフリカ美術などの部門を増築し、450台が駐車可能な地下駐車場も建設。ホヴィングが亡くなったとき、「ニューヨーク・タイムズ」紙は、「おそらく戦後、最も影響力があり、革新的な美術館の職員であった」(2009年12月10日付)と書いた。