1000万点が流出した「屈辱の世紀」

KODE美術館の中国コレクションからは、ノルウェー人軍人で美術コレクターのヨハン・ムンテ(1864─1935)が収集した作品が盗まれた。ムンテは、1907年から1935年の間に2500点の中国美術品を収集して美術館に寄付したという。

KODE美術館の盗難事件から数年後、上海空港で行われた展覧会で盗まれたはずの作品が展示されていたというが、ノルウェー政府は中国との関係を損なわないために、深くは追及しなかった。

2023年2月13日にはオランダ北部のプリンセスホフ陶磁器美術館が月曜の早朝に襲われた。盗人たちは屋根から一階の特別展に展示されていた陶器を目指した。美術館の広報によれば、「犯人たちは目的のものがどこにあるか特別な知識があった」という。

中国政府は、英仏をはじめとする国々に虐げられた1850年前後から1950年ごろの期間を「屈辱、恥の世紀」と呼ぶ。当時、欧米の帝国主義の時代におびただしい数の美術品が略奪され、国外に流出した。その数は推定で1000万点。当時の中国と欧米では軍事力をはじめ国力の差があまりに大きかったため、抵抗することができなかった。

しかし、中国の軍事力、経済力がつくとともに中国美術品を再び「中国へ回帰」させるための運動が組織的に行われているのではないかと推測されている。

美術品の在り処を探す「中国企業」の正体

1993年に設立された「中国保利集団公司」別名、「中国ポリー(Poly)グループ」は不動産や貿易で事業を展開しているほか、文化事業にも従事し、100社以上の企業を有し、オークションハウスの運営も行っている。

中国保利集団公司の前身は、人民解放軍所属の武器商社であり、当然、政府高官とのつながりも深い。グループの本拠地である北京には、1999年12月に「保利芸術博物館」を開館した。

同グループのオークションハウスは、潤沢な資金と売上で今日、世界第3位のオークションハウスとなった。中国の美術品が世界中でどこに分散しているか探しだす役目も担っている。これは美術品の在り処を調査し、中国に取り返す目的のためかもしれない。

「中国へ回帰すべき美術品」として「円明園十二生肖(十二支)獣首銅像」がある。銅像の連作は、かつて17世紀から250年以上、中国を治めた清朝が、イタリア人ジュゼッペ・カスティリオーネ(1688─1766)に依頼して制作された。円明園の噴水のまわりに設置された「十二支」の像は体が人間、頭が獣で、時刻を表すため水仕掛けの「水力時計」を構成していた。1860年、第二次アヘン戦争(1856─1860)で円明園を破壊したイギリス軍やフランス軍が奪い、自国へ持ち帰っていた。

円明園にある海陽堂を描いた銅版画
円明園にある海陽堂を描いた銅版画。中央の池の両側には、十二支を表す12体の青銅製の動物の頭部が配置されている。(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)