米・中・露が争う「現代版三国志」
そこには、国際社会全体の秩序維持よりも、自国の利益と安全を優先する米国の姿勢が色濃く反映されている。
トランプ大統領がグリーンランド買収構想やモンロー主義を打ち出し、西半球における自らの勢力圏を誇示しようとしていることも、同じ戦略的文脈の中で理解すべきである。国際政治の現実として、米国が自国の利益を最優先すること自体は驚くべきことではない。
むしろ決定的なのは、普遍的価値の擁護者としての自己像を薄め、同盟や国際機関に対しても取引的な姿勢を露骨に示すようになった点である。これまでの米国は、利益の追求と理念の掲揚を同時に行ってきた。米国の理念がいつも純粋であったとは言わない。しかし、理念を掲げることが、秩序維持の正当性と同盟国の結束を支えてきた面は否定できない。
この結果、現在の国際政治は、米国・中国・ロシアという3つの大国が、明確な共通ルールを共有しないまま、自国の利益を中心として、相互不信の中で牽制し合う構図を強めている。いわば「現代版三国志」と言えるような状況である。
もっとも、ここでの三国志は、世界制覇を競う物語ではない。
周辺国を牛耳ろうとする大国
米国主導の枠組みに取って代わろうという思惑はあったとしても、未だ現実的にはそれに見合う実力を持つ国はない。だが、それが不可能であるからこそ、各国は世界全体ではなく、自らの足場が利く地盤で覇権を唱えようとする。
米国は西半球を軸にエネルギーや安全保障上の要衝に関与し、中国はアジアとグローバルサウスに影響力を広げ、ロシアは旧ソ連圏と一部東欧への関与を強める。こうして、力の論理は地域ごとに顕在化しやすくなる。つまり、世界秩序の「設計者の交代」そのものではなく、「管理が薄くなる隙間」をめぐるせめぎ合いが起きているのである。
ウクライナ、ベネズエラ、イランの問題は、大国間の力学がそうした隙間で現実に露わになり得ることを示している。また、台湾海峡をめぐる緊張の高まりも、同じ構図の中で捉えるべきである。
ここで確認しておかなければならないのは、こうした米国の動きがトランプ大統領個人に帰せられるものなのか、それとも広く米国を取り巻く政治風土の変化によるものなのか、という点である。近年の米国の行動を振り返ると、その変化は決して偶発的なものではないと考えられる。

