仕留めたばかりの鹿の肉の味
持参の調味料はスパイスソルトと醤油だけだが、この時期の鹿は臀部に真っ白な脂肪を蓄えている為そこを切り取り、熱くなったフライパンに溶かしては食べたい肉を投入して揚げ物のように焼く。
一日中歩き回った身体に動物性の脂と調味料の塩気が沁み渡り、ジュウジュウと音を立てる肉片を頬張ると身体の芯から温まり力が湧く。胃の中に入っていった食べ物の温かさは、刻々と寒くなる外気を感じさせないほどに強く、豊かだ。
早い夕食だが、ヘッドライトを持ってきていない為、この谷なら16時半には寝る支度を完了させなければならない。
殺していい理由はあったのか
夕食を終え、歯を磨き寝袋に潜り込む。寝る前に、さっきの鹿の表情を思い返す。あの顔は、何を思っていたんだろう。きっと、撃たれた次の瞬間から、色々な感情を持ちながら走ったのだろう。
「何ダ」「何ガ起キタ」「何デ痛イ」
そしてあの木立の下で私を見据えたあの時のあの目は、「オ前ハ何ダ?」と問うていたような気がしてならなかった。
俺は「足を鍛えたい」「熊を獲りたい」「野営中に肉を食いたい」「余れば飼い犬の為に持ち帰りたい」と思って、鹿を撃った。しかし、それらの理由は、彼女に激痛を感じさせたまま数百mも走らせ、殺して良いほどの理由には到底ならないような気がする。
そして俺は、今晩食べる部位をまな板に載せたあと、川に浸かる死体から尻尾を切り取った。この尻尾は行政に提出すれば1万円貰える。その尻尾は肉よりも先に、ザックのポケットに仕舞い込まれた。
これまで鹿、猪、熊、牛も殺してきた
「俺は何をしているんだろう」自分で自分が気持ちが悪い。正当な殺しって、今まで果たしてあっただろうか? 正当って何ダ? 見上げるのは夜空ばかりでする事もない。
今まで何頭の動物を殺してきたか、獣と出会った山の地図を思い描きながら数えてみた。鹿で72頭。一頭一頭、出会いから殺しまでのドラマは忘れていない。猪7頭。熊は駆除2頭。そういや牛も1頭、アフリカで殺したな。
「俺は今まで、何頭の牛を食ってきたんだろう?」
数十頭か? 数百頭か? 想像出来ない。薄墨色に染まり始めた夜空の遠いところを、赤と黄色のライトを点滅させた飛行機が飛んで行く。
「あの飛行機の中で、ビーフ オア チキン? ってやってんのかなぁ」
音が遅れてやってきた。動物と私しかいない谷に、人工のエンジン音がゴォーっとこだまする。
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