距離5m、「頭を撃とう」鉄砲を構える

獲物との距離がここまで近くなると、最後は形振り構っていられない。小川にバシャバシャ入りながら、全力疾走で追いかける。手負いだからとて、ナイフでトドメを刺そうとは思っていなかった。

ここまで走れるなら、バイタルに弾は入っていない。致命傷ではない。火事場の馬鹿力のようなもので、傷ついた動物は時として途轍もない力を発揮する。下手をすると逃げられる。「次に姿が見えたところに二の矢を入れよう」と、薬室に次弾を装填していた。

野外で狩猟中に銃を装填したハンター
写真=iStock.com/Jordi Mora Igual
※写真はイメージです

獣が止まった、気配がした。緑の若葉をしだれさせる杉の幼木の下に鹿は横たわっているようだ。これ以上興奮させないようにと忍び足で近付く。姿が見えた。

地面に身体を横たわらせ、首を起こしてこちらを見ている。距離5m。「頭を撃とう」と鉄砲を構え、倍率4倍のスコープを覗く。

轟音とともに鹿の頭がのけ反った

目が合った。鹿の顔立ちは凛々しく、黒い眼は真っ直ぐに私を見ていた。諦観、狼狽、憤怒、そのどれでもない表情。目が口よりもモノを言った。逡巡している暇はない。引き金を引くと、轟音とともに鹿の頭がブオンッ! と、のけ反った。

鹿の頭蓋はUの字型に吹き飛び、目玉が半分飛び出す。一瞬前の美しい顔は、銃弾の絶望的な力によっておぞましい姿に変えられ、脳天からは湯気が立ち始めた。

切れた息を整えながら立ち尽くす私は「弾の通ったところってそんなに熱いんだ」と変な納得をする。

数秒後、汗が私の頬をツッと伝い、アゴからポッと落ちたのを感じて「違う、鹿と俺が熱くて、空気が冷たいから湯気が出てるんだ」と、やっと血の沸騰が収まってきたのを感じた。

ナイフを突き刺し、内臓を引きずり出す

鹿の亡骸に近付く。普段であれば「意識あるかな?」「痛くないかな?」などと考えるが「感じる脳味噌が無いのだから」と、分かったつもりで遠慮なく身体にナイフを突き刺し「早くバラして、良い肉にするんだ」と、違う使命を帯びているような錯覚を自分で纏い、内臓を引きずり出す。

冷えた指先を腹腔内に差し込むと、火傷しそうなほどに熱い。弾は胃袋を掠めていた為、胃液が手に付かないように注意しながら腑分けする。冷たい川の水で手を洗う時間は、なるべくなら短い方が良い。

食べる部位をまな板に取り、鹿の身体は川に沈め、内臓は取り敢えず出しっぱ。本格的な解体と処理は明朝。火を起こし、野営の準備。米を炊き、フライパンでハツとタンとレバーを焼く。