一番のストレス要因は
個人的にはなるほど、と思った。私ならやはりAIのように、相談者の息子への「声のかけ方」ばかり提案してしまうだろうと思う。
「書きたくても書けない、あえて触れない部分にこそ、その人にとって一番のストレス要因があることが多い」と、海原氏が説明する。
「臨床の現場でよくあるのは『妹のことなんですけど……』と話しつつ、本当は本人が抱える問題であるケース。自分のことだと言えないのです。なぜ隠すのか、そこに問題の核心があるかもしれない、と臨床医なら考えますが、AIは文章のまま受け取ってしまうのです」
だから「AIに相談してはダメ」というのではない。人に相談することに抵抗がある人が、最初の一歩として使えば有効であるという。
「自分の状態や気持ちを整理する場として、あるいはどういう風に人に切り出したらいいか、対話の練習相手としてAIはすごく役に立ちます」
つまり、AIとの関係が終着点ではない、誰かとの“橋渡し”としてAIを利用することを海原氏は勧めているのだ。
フィリピンでは「AIより人」
もしかすると日本人はAIに依存しやすい社会環境なのかもしれない、と海原氏は考えている。同書では海原氏の友人である、フィリピン大学で心理学講師を務める松隈信一郎博士に依頼し、学生を対象としたアンケート結果が発表されているが、フィリピンでは日本とは正反対に「AIより人」が選ばれている。
「フィリピン社会では、家族や恋人に悩みを打ち明けている人が多いのです。『AIに悩みを相談して違和感を覚える』と答えた人は9割を超え、若い世代であってもAIは悩み相談の相手ではなく、あくまで学習や情報検索のためのツールとして利用されています。それは誰かが仕事で『大変だ』と言った時に、それがたとえ大して働いていない人であっても『そうだよね』と共感してくれる環境があるからではないかと考えます。
対して日本では、家族や周囲に何かを相談しても『あなたが選んだことでしょう』『もっと大変な人がいる』などと感情を否定されたり、『自分の若い頃はもっと大変だった』『あなたは恵まれている』などと比較されたり、『努力が足りない』『甘えだ』と説教をされることが多いのではないでしょうか。そうして人に相談して傷ついた経験をもつ人がAIに相談するのです」
確かにその通りで、自分自身、誰かから相談を受けた際にそのようなリアクションをしたことを反省させられる。
「だから誰にも言えなくて、一人で抱え込んで、鬱になって……AIに依存していく。またSNSで鬱憤を晴らす。日本には気分のいい人が少ないのです。ものすごく危ない社会になっていると感じます」
AIがどれほど進化しても
AIは敵ではないし、有能な道具だ。けれども人の人生を豊かにするのは、最後まで人と人のつながりだ、と海原氏は強調する。
同書の「おわりに」に書かれたメッセージが心に響いたので紹介したい。
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